第103話 地主殺人(未遂)事件

 地主が殺された……と聞いて駆けつけた私たち。

 父の駆る大型戦車で、道を疾走する。


 道行く人々が、みんな笑顔で手を振ってくる。

 父の戦車は名物なのだ。


「わっはっは! 皆、済まんが道を空けてくれ! 緊急事態なのだ!」


「おお、いつものですね辺境伯」


「頑張って下さい!」


 声援があちこちから掛かる。


「お父上、慕われてますのねえ」


「それはもちろん。土地を守る要だもの。それに、この辺境の激戦地で、可能な限り戦死者を減らすように動いてるの。お陰でお父様の代になってから、死者は劇的に減ったのよ」


 かつての辺境の守りは人海戦術。

 兵士たちのやる気に任せて、正面から蛮族やモンスターを迎え撃っていた。


 父が執るのは、金に糸目をつけない装備の拡充と戦術の強化。

 例えば向こうに見える城壁だけど、戦場側にもう一枚城壁がついていて、これに車輪が備え付けられている。

 後ろから動かせる、戦車型の城壁となっているのだ。


 これで戦場を進みながら、戦線を前進させて行く。

 この隙間から飛び道具を撃つのだけど、高威力の魔法の飛び道具なんかもよく使用される。

 一発でもそれなりにお値段がするが、これだけで敵の動きは鈍るし、こちらの死者は減る。


「戦闘の経験を積んだ者が一人でも多く生き残り、その経験を新しい兵士に伝える。これが辺境を強くすることに繋がる」


 父がいつも言っていることである。

 私は、動く城壁こと城壁戦車の扱いに長けている。

 城壁戦車があれば、私も最前線まで出て指揮を執ることができるので、とても便利。


 実戦経験を積んだものだ……なんて遠い目をした。

 昔話みたいな気持ちになっていたけれど、これって去年のことなんだよね。


「なるほどですわ。ジャネット様が豪胆な女傑に育つはずですわねえ」


「褒め言葉と受け取っておくわ」


「ところで、戦車の乗り心地はよろしくありませんわね!」


 戦車の大きさは、私たちが普段乗っている馬車と同じくらい。

 ただし天井が無くて、御者の後ろが一段高くなっていて、ここに槍や弓などを持った者が立ち乗りするようになっている。


 揺れる揺れる。


「わっはっは! だが、身一つで走っている気分になるだろう! この臨場感が戦車の魅力よ!」


 父がシャーロットにそう告げると、馬に向かって掛け声を放った。

 馬の速度が上がる。


 父と馬は信頼関係で結ばれているので、鞭など振るわない。

 こうして、猛烈な勢いで馬車は坂道を駆け上がり、地主の屋敷に到着した。


 私たちが上ってきた小山そのものが、地主の土地らしい。


「なんじゃお前ら! また馬車で乗りつけおって! かーっ! 辺境伯までおられるのか!!」


 元気なちっちゃいお爺さんが飛び出てきた。

 あれえ?

 このお爺さんが地主だったと思うんだけど。


「なんだ地主よ。おぬし、生きているではないか。死んだと聞いて飛んできたのだぞ」


「わしは死んでおりませんぞ!! わしの使用人が殺されたんじゃ! これは土地を接収しようと狙う辺境伯の手の者に違いないのじゃ!」


「俺の手の者か!!」


「……ハッ! ま、まさかわしの死を直接確認するために自ら……?」


「俺が手を下すなら、直接殺しに来ているぞ。そもそも、お前と買取の交渉などするはずがないだろうが」


 父と地主が、どこか間の抜けたやり取りをしている。

 この間に、シャーロットが戦車を降りた。


 そして当たり前みたいな顔をしながら地主の家に入っていく。

 あまりに堂々としているので、地主も一瞬気づかない。


 後からやって来たナイツが、感心した。


「流石だなあ……。俺でもああ堂々とはできねえ……」


「シャーロットの心臓は鉄で出来てるのかもね。私もついてく」


「お嬢も大概、鉄の心臓ですよ」


 そんなことはないぞ。

 シャーロットとともに、事件現場と見られる場所に到着した。

 そこは地主の家の裏庭。


 木々の合間から、辺境伯領が一望にできる。

 なるほど、ここからなら壁の向こうにある、戦場も見渡せる。


 父が城塞に改造したがった気持ちが分かるな。

 ここから戦場を狙える、超大型の弩弓を仕入れたりしてたんだろうな。


「ジャネット様、気持ちはわかりますけど、注目すべきはこの土地の利用価値ではありませんわよ」


「えっ!? 口に出てた!?」


「辺境伯とジャネット様の性格を合わせれば、それくらは察せられますわよ。さて、ここに人が倒れていますわね」


 なるほど、頭から血を流した男性が地面に横たわっている。

 肌の色合い、開いた瞳孔。

 完全に死んでいる。


「死因は頭部への打撲ですわね。凶器が見当たりませんけれど……恐らく、それは投擲された石でしょう」


 シャーロットがすぐさま断言した。


「どうして分かるの?」


「彼の頭部から少し離れたところに、この辺りのものとは異質な石の破片が散らばっていますもの。これは投石による殺人ですわ」


 シャーロットは即座に、死因と凶器を見切ってしまった。

 さすが。


「でも、誰かが入り込んで彼を殴り殺したとは考えられない?」


「その可能性もありますわね。彼が倒れてから、それを確認に来たであろう地主の家の方々の足跡が入り乱れてますもの。だけど、死体を動かさずにいたのはありがたかったですわね」


 ここでシャーロットが立ち上がり、周囲を見渡した。


「ジャネット様。辺境伯領は見たところ、住民皆様が顔見知りくらいの規模に思えますけれど」


「それに近い感じかな? 騎士や兵士も普段は農作業してるし、領地の男たちのほとんどは戦力だから、顔見知り同士だと連携もしやすいでしょ」


「そうですわね。だから、よそ者が入り込んで犯行に及ぶ、というのは現実的ではありませんわ。つまりこれは」


「身内の犯行……?」


「ええ」


 シャーロットが微笑んだ。

 今まさに、彼女の頭の中では、猛烈な勢いで推理が展開されているのだろう。


 骨休めの観光に来たはずなのに、シャーロットの推理は止まらないのだ。

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