第77話 ナイトメア

 ミルトン伯爵家では、大騒ぎになっていた。

 黄金号が行方不明になっているのだから、それは当然ではあるのだけれど。


 問題は、屋敷の入口で、憲兵隊と伯爵が怒鳴り合っていることだった。


「どういうこと?」


「あれは見られては困るものが屋敷の中にあるのですわね」


 シャーロットが怪しく微笑みながら推理する。

 ちょうど憲兵隊の先頭には見知った顔がいたので、彼女に事情を聞いてみることにする。


「デストレード、中に入れないの?」


「あっ」


 デストレードが私たちを見て、唖然とした。


「またあなたたちですか」


「また私たちよ」


「今回も何か、事件に関わりが? 直接の関係が無いなら、本当ならご遠慮願いたいんですが、なぜかあなたがたは常に事件の渦中にいますからね。呪われてませんか」


 なんてことを言うのだ。


「今日は、ジャネット様が夢の中に黄金号が出てきたと言うので、相談に来られたのですわ!」


 シャーロットが端的に理由を話す。

 すると、ミルトン伯爵の顔がサッと青ざめた。


「ま、まさか。あれはわしに服従するようになったと魔道士が言っていたのに……」


 この言葉を聞き逃すデストレードではない。


「あれ? 服従? 魔道士? おかしいですねえ。馬を調教して競馬に出すだけならば、そんな言葉を用いる必要はありません。何か、不正を働いていましたね、ミルトン伯爵! 全員、突入ー!!」


「うおおおおー!!」


 憲兵たちが雄叫びをあげた。

 常日頃、下町のごろつきや、ジャクリーンが起こす犯罪と戦っている面々だ。

 基本的に憲兵はパワフルなのだ。


 ミルトン伯爵の兵士が押し切られ、中に憲兵たちが雪崩込んでいった。

 すごい騒ぎになってしまった!


 満足げなデストレード。

 私を手招きして、隣に立たせた。


「それからミルトン伯爵。あなた、ジャネット嬢の夢という話で顔色が変わりましたね? どういうことです?」


「そ、それは……」


 言いよどむ伯爵の言葉を、シャーロットが勝手に継いだ。


「それはもちろん、あれが馬ではなく、魔なる者。夢に現れるということを伯爵が自覚なさっていたということは、悪夢を見せる馬の悪魔、ナイトメアだとご存知だったのでしょう?」


「ウグワーッ!」


 どうやら真実を突かれたらしく、ミルトン伯爵は悲鳴を一声。

 そしてへなへなとへたりこんだ。


「し、仕方なかったんだ! わしはなかなか競馬で馬を勝たせられず……! そうしたらあの女が、簡単に強い馬を手に入れられる方法があると言って魔道士を紹介して……」


 私とシャーロットの顔が、半笑いになった。


「あの女というと……まさか。もしかして」


「ジャクリーン案件ですわね、これも」


「またあいつかー!」


『わふわふ』


 私が怒りを発すると、それを察してもふもふとくっついてくるバスカー。

 彼をもふもふ撫でて、私は気持ちを落ち着けた。


 詳しい話をミルトン伯爵から聞いてみることにする。


 彼がさっき話した内容以上の事はなかったが、つまり、伯爵の領地は様々な馬を育てている牧場なのだそうだ。

 そして、最近は競走馬にも手を出し始めた。

 しかし、一朝一夕で強い馬が育つわけではないし、騎手との相性やその日の馬のコンディションもある。


 ということで、なかなか勝てずにいたそうなのだ。

 そこにジャクリーンが付け込んできた。


『馬を育てずとも、強い馬を手に入れる方法はあるのよ。それは私たちの夢の世界にいて、とある方法で容易に捕まえることができるの。この方法を買わない?』


 そんな悪魔の囁きに、ミルトン伯爵は乗ってしまった。

 そしてジャクリーンが紹介したという魔道士の力で、夢の世界から黄金の馬を呼び寄せてしまった……というわけだ。


「被害者が出ていますもの。それに、ナイトメアを他の馬と争わせたのは明らかに不正ですわね。ここからは憲兵隊案件ですわ。デストレード、お任せしますわねー」


「はいはい。まあ、ジャネット嬢が被害を受けたということならば、こちらの強制捜査にも正当性が出てきますからね。今回は助かったというところでしょうか」


「私は助かってない」


 なんだか妙な方向で、私の状況が活用されてしまっている。

 その後、屋敷を家探しした憲兵隊は、次々に証拠となる品々を発見してきた。


 それらは、ナイトメアを召喚するための魔法陣であるとか、最近悪夢を見ている人たちのリストであるとか、彼らを集めて、召喚に協力してもらうために支払われた礼金の帳簿であるとか。


 ……案外、きっちり収支計算してたんだなあ。

 それらの出費は、レースで勝利したことによる賞金で完全に取り戻せているらしい。

 ただ、不正をしたことが発覚した場合、賞金は返還、しばらくの間はレース出入り禁止になる。


 ミルトン伯爵は、がっくりと膝を突き、「甘い囁きに乗らなきゃ良かった……!」と今更な後悔をしているのだった。

 しかし、本当にシャーロットやデストレードが絡むと、事件の解決まで一瞬だな。


「後は、私に取り憑いたナイトメアをどうにかしないとね。でも、ナイトメアを呼び出した魔道士はいるの? いないなら、どうやって解決したらいいの?」


 私の疑問に、シャーロットが胸を張って答えた。


「それはわたくしにお任せですわ! 今夜、ジャネット様のお部屋に泊めていただいてもよろしくて? 見事、黄金の馬を捕まえて見せましょう!」


 シャーロットがうちに泊まる……!?

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