第66話 おそらくたった一つの冴えたやり方

 男と花嫁は、もともとは子爵家領地で出会ったらしい。

 隣り合っていた男爵家の子息がこの男で、しかし男爵家は当主の弟のやらかしが原因で取り潰された。

 男は平民になってしまったわけだ。


 彼は子爵の覚えもよく、花嫁と婚約していたのだが、平民となってしまってはその約束も反故になる。

 かくして、彼は花嫁への思いを諦めきれず、身を偽って参列者に紛れ込んだと。

 そして花嫁に自分がいると伝えて駆け落ちしたのだそうだった。


「駆け落ちした先の生活も厳しいだろうし、それに貴族社会は裏切りを許さないわ。伯爵家は面子のため、子爵家は取り潰しを免れるためにずっとあなたたちを追い続けることになる。逃げられるものじゃないと思うけど」


 男と花嫁の顔が絶望に染まった。

 そこまでとんでもないことだとは思っていなかったのだろう。


 駆け落ちはそれほど非現実的な行為で、イニアナガ一世陛下の治世になってから、成功した例は一件もない。

 だからこそ、吟遊詩人がこぞって歌にするのだし、それを綴った物語が流行るわけで。


「ど、どうしましょう……! 彼はどうなってしまうの!?」


「捕らえられたら貴族の令嬢をさらった罪で縛り首だと思う。もし、あなたが彼を庇えば、ワイザー子爵家は取り潰し。どっちに転んだってろくなことにはならないと思うな」


 私としても、現実を伝えるだけで、彼ら二人がどうにかうまくいく方法なんて思いつかなかった。


「ねえシャーロット。これはどうしようもないんじゃない?」


 隣の椅子に腰掛けた彼女に尋ねたのは、シャーロットならば何か、逆転の秘策を思いついているのではないかと思ったからだ。

 果たして……。

 この推理を生業とする令嬢は、紅茶のカップを片手に、不敵に微笑んでいた。


「恋に生きることは許されないのが貴族社会ですわ。ならば、人生の傍らで恋をすればいいだけのことですわね。それは暗黙の了解で許されていますわよ」


 彼女はそう告げたのだった。


 その後、花嫁は、カーバンクルのピーターを抱いて会場に姿を現した。

 花嫁の話では、気分が悪くなってドレスを脱いで、風に当たっていたところに彼らがやって来たと。

 そしてもふもふの誘惑に引き寄せられて、ずっと裏庭で彼を愛でていたと証言した。


 会場に、呆れ半分、そしてホッとした感情半分の空気が流れる。

 駆け落ちなど起きてはいなかったのだ。


 式は滞りなく行われていて、そこに契約の破棄など存在しなかった。

 ちょっと、花嫁がカーバンクルを愛でることに夢中になっただけだった。


 皆、そういう筋書きを信じることにした。

 無論、実際はどうだとか詮索する者はいる。

 だけれど、それは表立ってではない。あくまでお茶や酒の席での楽しむための話題として語られることになる。


 そうしておけば、起きていたかも知れない厄介ごととは無縁で、平穏な暮らしを送ることができるのだ。

 それに、王家は所有しているカーバンクル絡みの話だということで、強く出ることはできなかった。


「ピーターがやったのか。それは仕方ないな。だが、無事で何よりだ。披露宴はまだ終わっていない。ドレスを着替えてまた続きをやるといい」


 オーシレイが表情も変えずにそう言ったので、この場はそういう雰囲気になった。

 さすがは王子。

 次の王だ。


 皆がわいわいとパーティに戻っていったところで、オーシレイが私のところにやって来た。


「シャーロットの入れ知恵だな?」


「おわかりになります?」


「豪腕と策略で無理やり事態を丸く収めるなど、他の誰にできる。まあいい。今回のこれは貸しにしておく。今度、俺との食事に付き合え」


「シャーロットがやったことなのに? まあ、食事にお付き合いするのはやぶさかではないですけど」


「俺は転んでもただでは起きん性格でな。全く、どこも泥を被らず、無理やりそういうことにしてしまったな、あいつは」


 どうやら、このシナリオを書いたのがシャーロットだということには、貴族たちも薄々勘付いているみたいだった。

 なるほど、彼女がこういう場に呼ばれないわけだ。

 だけど、一定の信頼や尊敬を集めている。


 そんなわけで、花嫁失踪事件は終わった。

 花嫁は失踪などしていなかったし、オーシレイはカーバンクルをお披露目し、幸運の獣が王国にある限り、エルフェンバインは繁栄すると告げて拍手喝采を得た。


 そして私たちは日常に帰り……。

 今日はシャーロットが訪ねてきて、二人でお茶をしている。


「それでその後、どうなったの?」


「どうもこうもありませんわ。花嫁は侯爵のご子息と結ばれ、将来は侯爵夫人となられるでしょうね」


「彼はどうなの?」


「さあ? ですけれど、ワイザー子爵家が見習いの庭師を雇ったそうですわ。花嫁はちょくちょく、実家に帰っては家族との仲を温めているようですけれど」


「それって……つまり、彼に会いに行っているのよね?」


「結婚した貴族が、趣味として恋を堪能するのは暗黙の了解ですもの。誰だってやっていることですわ。だから、誰も咎めることはありませんの。無粋ですから」


 シャーロットがすまし顔で紅茶を飲んだ。

 なるほど。


 男と花嫁が結ばれることは無かったが、しかし二人はまだしばらくの間、こうして会い続ける事ができるわけだ。

 男を雇ったワイザー子爵の懐も深いなあと感心する。

 シャーロットの働きかけがあったのは、間違いないようだけど。


「それでも、本当に上手く行ったわね。みんなシャーロットの話に乗ってくれたのはびっくりした」


「あら、わたくしは上手くいくと確信していましたわよ?」


「それはどうして?」


「だって、この計画に幸運を司るカーバンクルが乗ってきたんですもの」


 シャーロットがちらりと横を見る。

 そこでは、いつの間に遊びに来たのか、カーバンクルのピーターがバスカーにじゃれついているのだった。

 

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