第37話 ワトサップ家強盗計画
「ジャネット様。あなたのおうちに、何か価値のあるものはなくって?」
二日目が終わったあとのこと。
シャーロットが急にそんな事を言ってきた。
「どうして?」
「恐らく、財団……賊が行動を起こすのは明日だからですわ。あなたに安からぬ給金を支払ってまで外に出て欲しいもの。何か価値があって、あなたを遠ざけてでも欲しい物があるはずですわ」
「うーん……」
思い当たらない。
ワトサップ辺境伯領は、地位こそ公爵と並ぶ最上位の貴族だ。
だが、その実態は、国土を守るための戦いに明け暮れ、戦費でひいひい言っている貧乏貴族なのだ。
そんな特別良いものなんてあるはずが……。
「あっ、バスカーだ」
「それですわね!」
頷くシャーロット。
「でもちょっと待って。なんでバスカーなの? 彼ってモンスターだし、ガルムは確かに珍しいけど、それそのものに価値があるわけじゃあ……」
「あなたのところにいた、という事に価値があるのですわ」
「?」
何を言われたのか理解できない。
私が目を瞬かせているのを見て、シャーロットがくすりと笑った。
「あなたの存在は、もう、この国ではちょっとした有名人なのですわ。ファンも多いんですのよ?」
「そうなの!?」
「あれだけ目立つことをして、王都の事件を次々に解決しているご令嬢で、しかもプラチナブロンドの髪にクリスタルブルーの瞳をした美貌! 目立たない方が不思議でしょう?」
「そうかなあ……」
全くピンと来ない。
「というわけで、下町遊撃隊に調べさせていますの。彼らの情報では、非公式にあなたを絵姿に写したグッズが販売されており、なかなかの売れ行きだとか」
「なんで……。シャーロットも一緒に色々な事件に挑んでるじゃない」
「わたくしは元々、変わり者で通っておりましたので」
解せぬ。
つまりこういうことだ。
私個人が、巷では人気になってきている。
そして私に関連したグッズが売れている。
バスカーは、私が飼っているガルムというモンスターで、大変珍しい上に私のものであるというプレミア価値がある。
「分かった。分かっちゃった。分かりたくないけど……」
私は頭を抱えた。
「明日で、ジャネット様はお仕事の終了を言い渡されるでしょう。いえ、むしろあの建物には誰も戻ってきませんわ。ジャネット様が家に帰った頃にはバスカーはさらわれている……」
「大変じゃない! ナイツを……ああ、ナイツは私の護衛で連れてこられてるんだった」
「そういうことですわね。辺境のみならず、英雄ドッペルゲンを名乗る何者かを倒したことで、ナイツさんはエルフェンバイン最強の騎士であることが知れ渡っていますわ。彼と正面切ってやり合うお馬鹿さんではない、ということでしょうね」
「うーん、汚いやり口」
「ジャネット様の手駒が強力すぎるのです。さて、どうなさいます? わたくしに任せておいて下されば、デストレードを連れて乗り込み、バリツが唸りをあげますわよ!」
バリツを振るいたいのかな彼女……?
だけど、私の腹は決まっていた。
「ううん、私の問題だもの。ずっと蚊帳の外みたいな状態は望むところじゃないわ。デストレードには声を掛けておいて。私も現場に行くから」
そう告げると、シャーロットは実に嬉しそうに目を細めた。
「今回も、楽しくなりそうですわね! ジャネット様と一緒だと、静かな推理で終わるお話がほとんどなくて、退屈しませんわ!」
「それはどうも!」
褒められてるのか、これは。
こうして翌日。
三日連続で、アカデミーの帰りにプラチナブロンド組合の建物にやって来る。
そして用意された書類にサインを書く……振りをした。
「ナイツ、どう? みんないなくなった?」
「ええ。建物の中には……ああ、一人いますな。気配がある。恐らくお嬢の監視でしょうね。抜かりが無い奴らだ」
「盗みを働こうっていうのに勤勉よね。その勤勉さをもっと真っ当な方向に活かせばいいのに」
「世の中、そんな風には働けないやつもごまんといますからね。奴らの不運は、お嬢を舐めたことですよ。おおかた、噂は凄いが見た目と地位から下駄を履かされた世間知らずのご令嬢だとでも思っているんでしょう」
私の自己評価がそれなんだけど。
「まさか実態は、エルフェンバイン一の女傑だとはなあ」
「おいこら」
なんて人聞きの悪い。
「それじゃあお嬢、ちょっくら出立の準備をしますぜ。下に降りていてください」
ナイツはそう告げると、虹色の剣を抜いて建物の窓を切った。
ガラスは割れるわけではなく、綺麗に切断されて、ずるりと崩れ落ちてくる。
これを受け止めたナイツが、音を立てないように床に並べていく。
窓ははめ殺しだが、こうしてしまえば外に出ることもできるわけだ。
だが、まさか音を立てずにガラスを斬れる剣士がいるとは……。
賊は夢にも思っていないだろう。
ナイツが外に飛び出す。
そして無音で着地すると、動き出した。
目の前に彼がいるのに、ほとんど気配を感じない。
動いても、周囲の空気が揺れないのだ。
私も動き出さなくては。
扉を開けて、堂々と部屋の外に出る。
これに気付いたのは、見張りの男だ。
本当にいたんだ。
「どうしたのですかジャネット様。お時間はまだのはずですが」
「帰るわ」
「え? それはどうして……。仕事が終わらないと、給金をお支払いするわけには……」
「あれっぽっちのお給金じゃ、バスカーとは釣り合わないもの」
見張りの男はこれを聞いて、一瞬ぽかんとした後、すぐに察したようだ。
急に獰猛な目つきになって、懐からナイフを抜いた。
「やれやれ、ちょっとは頭の回るお嬢さんみたいだ。だが、気付いたからって何ができる? あんたは……。あれ? 騎士の姿が」
男がナイツの不在に気付いた瞬間、彼の背後の壁が切断されて崩れた。
男が振り返る間もなく、駆け寄ったナイツが彼を回し蹴りで蹴り飛ばす。
「ウグワーッ!?」
床にバウンドもせずに吹き飛び、壁に叩きつけられた見張り。
そのまま白目を剥いて気絶してしまった。
「さあ、行きましょうかお嬢」
「ええ、大急ぎで!」
私は彼に指示を出し、馬車に乗り込む。
「ゆっくりしてたら、シャーロットとデストレードが面白そうなところを全部終えちゃっていそうだもの!」
「お嬢も楽しんでるんじゃないですか……!」
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