第13話 再びの紅茶と推理を

「うちの茶葉は、ラムズ家のものほど凝っていないのだけど」


「ええ、存じ上げておりますわ。戦場で辺境伯領の水を安全に飲むため、沸かしてから色と香りをつけていただくための茶葉ですわよね? 自領で茶葉を生産なさっているのですから、これは立派な名産品ですわ。なるほど、巷の評判はよろしくないですけれど、香りが強く作られていますのね」


「それは褒めてるの? けなしてるの?」


 微妙なところだ。 

 シャーロットのことだから、多分褒めてるんだとは思うけど。


 我が家に戻ってきた私と、招かれたシャーロット。

 二人でテーブルを挟み、お茶をいただく。


 私としては、紅茶はワトサップ領のもので十分。

 王都の紅茶は美味しいけれど、それだけで主役を張ってしまう。

 私はちょっと味気ない、地元産の紅茶で育ったので、これが一番好きだ。


「ワトサップ領の水は、そのままでは飲めませんものね。アルマース帝国から続くアータル山脈から流れてくる川の水は、多くの石が中に溶け込んでいますもの。お腹を壊してしまいますわ。だから沸かして、石を取り出してから飲む。それでも抜けきれない独特の臭いを消すために、茶葉を使うのですわよね」


「よく知っているわね……」


「基礎教養ですわ。でも、こちらのお茶会は面白いですわね。ワトサップの茶葉ならば、お菓子が主役になりますわ! 甘いものを頂いたあとで、さっぱりとした紅茶でお口の中をリセット……。うーん、新体験……」


「シャーロット、推理、推理」


 焼き菓子を頬張っていたシャーロットがハッとした。

 彼女はやっぱり、強烈な甘党らしい。

 お菓子を目の前にすると、他の事を考えられなくなるのかも。


「いけないいけない、わたくしとしたことが。おほん。では、ジャネット様のお話と現場の検証から得られた推理……というよりは、確定した事実を列挙しますわね」


「確定した事実……!」


「わたくしが口を開くということは、つまりそういう事ですわよ。まず、この事件についてですけれど、ホーリエル公爵家が関わっていることは確証が持てませんわね。ですけれど、それに並ぶ名家が関与していることだけは間違いありませんわ」


「ええっ!? それはどうして?」


「ナイツさんが賊の剣を折ったでしょう?」


 襲撃者をもう賊呼ばわりである。

 まあ、間違いなくそれに類するものなんだけど。


「ええ。ナイツの剣は特別製だし、彼の腕ならなまくらでだって名剣を折れると思う」


「王都で活躍されてた頃から、また腕を上げてますのね、あの方……。いえ、とにかく。折られた剣は、その名剣のカテゴリーに入る業物ですわ。断面は、丹念に鍛造された鋼のそれでしたもの。木造の馬車とは言え、一突きで扉を貫き、分厚い天井をも砕いたのでしょう? 使い手の腕力も凄まじいもの。そしてそれ以上に、使い手に応えて威力を発揮できる剣ですわ。あの作りは、職人街の腕の良い鍛冶師によるもので間違いありませんわね。そして、それだけのものは値段も張りますの」


「へえ……。おいくら?」


 シャーロットがお値段を示してくれた。

 私は椅子から飛び上がりかける。


「ええっ……!? そんなの、馬車より高いじゃない! 馬一頭つけたよりも高いかも……。どうしてそんなに高いの? 金でも練り込まれているの!?」


「一度に鍛造できる本数には限りがございますもの。貴き者のステータスとして、皆が競って買い漁るのですわ。結果として、市場に出回らなくなり、名剣の値段が跳ね上がって行きますの。ものの価格とは、需要と供給のバランスが作り出すのでしてよ?」


「うちの武器はそんなに高くない……」


「ワトサップ領の武器は鋳造がメインで、大量生産していますでしょう? これに混ぜものをして強度を上げる、名鍛冶師ダマスカースが考案したやり方を採用してますもの。名品としての価値はございませんけど、数打ちの武器としては超一級品ですわよ?」


「シャーロット、うちの事情にも詳しいのね……」


「一般教養ですわ」


 そんなわけあるか。


「つまり、あの剣を手に入れられる時点で素性も知れぬ馬の骨であるわけが無いということですわ。それからナイツさんはいらっしゃいますの?」


「すぐそこの練兵所で訓練をつけてるわよ」


 こちらにやって来た私の、主な資金源である。

 貴族たちの部下に通ってもらい、鍛えて、月謝をもらう。


 辺境から連れてきた兵士たちいわく、都会の騎士や兵士はモヤシしかいないとか。

 なお、モヤシは我が辺境領の特産品の一つだ。


 メイドに言ってナイツを呼んできてもらう。

 彼はすぐにやって来た。


「なんですかい、お嬢。おや、シャーロット嬢もいるのか」


「ナイツさん、一つ伺いたいのですけど。昨晩、ジャネット様を襲った賊と剣を交えましたわよね?」


「ああ、やったなあ。そいつがどうかしたのかい?」


「賊の腕前はどうでしたの?」


「ああ。ありゃあ、最初は獣みたいな剣だったが、だんだん技を思い出してくるみたいな感じで、動きが変わって来たな。おかしな奴だったぜ。最後の腕前は、辺境でもできる方に入るくらいの腕前だった」


「つまり、正式な訓練を受けたもののそれだったと。しかもナイツさんが認めるレベルの」


「そうなるな。ま、超一流の俺から見たら、二流ってとこだな」


「その超一流が、相手を逃して私の馬車に一撃浴びせる隙を作るのね」


「お嬢! あれは悪かったって! お嬢だから一撃くらいは絶対しのげるだろって思ったんだよ」


 そりゃあまあ、しのげるけど!

 仮にも辺境伯令嬢に対してすべき信頼ではないのでは……?


「ですけれど、これくらいの事はデストレード憲兵隊長も気付いている事でしょうね。今はきっと、各貴族のアリバイを調べてに向かっているはずですわ」


「彼女が、ねえ……」


 意外な行動力。

 あの陰気な顔を思い出す。


「さて、ここから先はジャネット様のお仕事ですわよ。公爵家を訪問していただきたいのですけど」


「ええっ!? 私が!?」


「公爵家にアポイントを取って、高確率でドッペルゲン様と面会できるのはあなただけですもの。ご自覚が無いかもしれませんけれど、ジャネット様は王都にいる貴族の中で、最高位のお一人なのですわよ?」


 そうだった……!


「もちろん。わたくしもついていきますけれど!」


 やる気満々のシャーロット。

 ええい、他人事ではないし、今度私がいないところでカゲリナたちが襲われたら死にそうだし……。

 やるしかないな。


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