第12話 居候のニケ

 ボクは魔野菜収穫クエストが終わった後、冒険者ギルドの受付で今回のクエストの報酬を受け取った。


 ゴンサクさんからボクたちに支払われた報酬は一人500MP。

 これにボクが自分で討伐した血濡れ赤茄子ブラッディ・トメイトの魔晶石が120MPと82MPで合計202MP。

 テミス君が討伐した邪悪イーヴィル種の馬鈴薯ポテイトの魔晶石が360MPで、それをテミス君が3人で均等に分けてくれたのでボクの取り分が120MP。

 締めて822MPが今日のボクの現金収入だった。


 これにゴンサクさんが邪悪イーヴィル種の芋や赤茄子トメイトの実も分けてくれたので、これを売っても多少の収入になりそうだ。


 あとで知ったんだけど、民間からクエストの依頼を受けて仕事をした場合、魔物を倒して得られる魔晶石は冒険者の取り分、魔物を倒して得られる素材――今回の場合は魔野菜――は民間の取り分になる取り決めらしい。


 実際、今回はゴンサクさんの農地で討伐して収穫した魔野菜なので、本来はゴンサクさんの取り分なんだけど、気前よく分けてくれるあたりやっぱりゴンサクさんは良い人なんだなぁーとつくづく思った。


 とは言え、これで「銀の乙女亭」に宿泊費の500MPを支払ったら手元に残るのは322MPしかない。

 食事とかも含め、普段の生活で必要なものや装備が壊れて買い替えるとかをしていたらほとんど手元には残らないだろう。

 なんとか安く暮らせる環境を手に入れなければ……


 アイシャにもちょっと相談してみたけど、冒険者ギルドが提供している冒険者向けの寮はやっぱり空きが無いらしい。

 この前のモンスター氾濫スタンピード災害の影響で、難民から冒険者になった人たちが全て借りてしまっている状況とのことだった。

 

 ほんと、このモンスター氾濫スタンピード災害にはつくづくやられるよ、まったく!

 ボクに何のうらみがあるってんだ! モンスター氾濫スタンピードめっ!!


 ……と、荒ぶったって仕方がないのでここは一つケレブリエルさんに一度、相談してみようと思った。



 「銀の乙女亭」に着くと案の定、受付にケレブリエルさんが居た。

 昨日一昨日とで見る限り、だいたいいつもこの時間はケレブリエルさんは受付にいるようだった。


「あの、これ今日のクエストで農家さんからもらった邪悪イーヴィル種の芋です」とボクがお土産を渡すと、ケレブリエルさんは嬉しそうに「わぁーっ! なんて美味しそうなお芋でしょう!」と感動して

 そう、のである。


 ボクはパパから教えてもらって知っている。

 何かお願い事がある時は『贈り物作戦』が有効であるということを……


 パパがママにお願いをする時にいつも使っていた作戦だ。

 そして受け取ってしまった時点でもう相手のことは無碍むげには出来ないのである……


 ボクはちょっと申し訳なさそうにもじもじしながら、上目遣いでケレブリエルさんにお願いする。


「あの、ボク、今住むところが無くて…… 普段は冒険者ギルドが運営する冒険者用の寮があるらしいんですけど、今はこの前のモンスター氾濫スタンピード災害の影響で寮も全て埋まっちゃって待ちが出てるような状況みたいで…… あの、厚かましいとは思うんですけど、ケレブリエルさんの娘さんが昔使っていたお部屋をお借りすることってできないでしょうか……?」


 ボクは目をうるうるさせてもう一度、上目遣いでケレブリエルさんを見つめる。

 そう、まるでチワワのように!


「あの、もちろん、お代はお支払いさせていただきます! でもまだ駆け出しの木等級冒険者なので少しお代を――――っ?」


 ボクが途中まで言いかけたところで、ケレブリエルさんが急に笑い出す。


「もーっ! ニケちゃん! そんなことだと思っていたわ! 良いわよ。安くしてあげる。実は言うとね? 今朝、あなたたちが出発する前にバロラちゃんからもニケちゃんのことをよろしく頼みますってお願いされていたのよ。だから娘の部屋はもう掃除済みで宿の備品も隣の別の倉庫に移してあるわ。安心して使って良いわよ!」


 と、どうやらすでにケレブリエルさんには全てを見透かされていたみたいだった。

 ボクは自分が姑息な手段に訴えようとしていたことが恥ずかしくなって、少し赤面してしまう……


 っていうか、バロラはそんなことまで気にかけてくれていたの?

 あの人、ボクに大切な迷宮遺物の指輪まで譲ってくれたし、本当にすごく良い人なのかもしれない……


 事前に部屋を掃除までしてくれていたケレブリエルさんに申し訳なくなり、僕は「安くお貸しいただける代わりにクエストから戻ってきたら宿のお仕事もお手伝いさせていただきます!」と申し出た。

 ケレブリエルさんは「そんなこと気にしなくて良いのよ?」と言ってくれたけど、やっぱりここはご厚意に甘えるだけじゃなく、ちゃんとしないと自分がダメな人間になる気がしたのでお手伝いをさせてもらえるように改めてお願いをした。


「とりあえず今日はクエストで疲れたでしょうから、お手伝いは大丈夫だから部屋でしっかり休みなさい!」


 とケレブリエルさんが言ってくれたので、お手伝いは明日からさせてもらうことにして、ボクはいったんケレブリエルさんの娘さんが使っていた屋根裏の部屋へと行った。


 部屋はちゃんと片付いていて、綺麗にお掃除もされていた。

 お布団も新しいものになってる気がする。

 枕からはカモミールだろうか?

 爽やかな香りがして安眠できそうだった。


 バロラもそうだけどケレブリエルさんも本当に良い人で、ボクはこの世界に突然取り込まれる形にはなったけど、出会った人たちには恵まれているなと彼女たちに感謝をした。


 バロラはまるで本当にお姉ちゃんのようだった。

 うちの本当のリアルな姉の方とはちょっと違って、少しボクから距離を置きつつ、あまり口出しもしてこないけど、ちゃんとボクのことを見守っていて困っていたら助けてくれる。


 ボクが何か問題を抱えていてもそれを代わりに解決してあげるとかではなくて、「ちゃんと見守っててあげるから自分でやってみなさい?」と自分の力で乗り越えられるように促してくれる。


 たぶん昨日、「銀の乙女亭」の宿代を払ってくれなかったのも自分の力で何とかできるようにと配慮してくれていたんだと思う。

 だって、がどのくらいの価値があるかは分からないけど、少なくとも「銀の乙女亭」の宿泊費より安いということはないだろう。


 それを気前よく譲ってくれるバロラがたった500MPの宿泊費をケチりたかったはずがない。

 もしケレブリエルさんが林檎を買い取ってくれなかったとしても、その時はきっとバロラがなんとかしてくれたんだろうと思う。


 まぁ、たまに変なテンションになって鼻息荒くなったりするところはうちの本当のリアルな姉にもちょっと似てるけどね……


 ボクは「銀の乙女亭」の魔素が豊富なお風呂で今日消費したMPをしっかり回復した後、食堂に行って夕食をいただいた。

 今日のメニューにはボクが取ってきた邪悪イーヴィル種の芋を使ったポテイト・グラタンも入っていた。


 魔素が豊富な邪悪イーヴィル種の芋は昼間食べた毒蔦馬鈴薯ポイズン・ポテイトよりも更に濃厚でクリーミーでとても美味しかった。

 ねっとりとしてなめらかな舌触り…… 芋本来の甘味、コク、旨味…… 食べた後ふわっと大地の香りが鼻から抜けていくような豊かな香りも素晴らしかった。


 ケレブリエルさんも邪悪イーヴィル種の芋を「お客さんに好評だった!」と喜んでくれて、「こんなに喜んでもらえるなら、今後は下心とか無しに日頃の感謝を込めてお土産として持って帰ることにしよう」とボクは思った。

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