第8話 バロラの旅立ち、ニケの旅立ち

 バロラの特訓の翌朝、ボクは「銀の乙女亭」にいた。


 昨日、クエストが終了した後、バロラは「せっかくだから小・邪樹妖レッサー・トレントの林檎をいくつかもらっていきましょう! 魔物化して魔素が豊富だからきっと美味しいわよ?」と言うので、ボクたちはせっせと林檎を集めて持ち帰った。

 バロラは帰り道、冒険者ギルドにも立ち寄ると今回のクエストの報告をし、邪樹妖トレントもどきと小・邪樹妖レッサー・トレント討伐の証として魔晶石を提示した。

 冒険者ギルドはクエストの達成を確認するとバロラに1,000MPの報酬を支払っていた。


「ねえ、バロラ。ボク、今日の泊まる当てが無いんだけど…… お金も無いし?」


 ボクは厚かましいとは思ったけど、今日の泊まる当てが無いことをバロラに相談した。


 今回のクエストはボクのトレーニング用に受注されたもので、ボクたちは臨時パーティーを組んではいたものの、依頼報酬はバロラの総取りという約束になっていた。

 報酬を折半という訳にはいかなくても、せめてちょっとお金を借りることでもできれば……

 まあバロラは今日旅立つから返す当ては無かったんだけどね?


 バロラは、


「もしかしたら小・邪樹妖レッサー・トレントの林檎をケレブリエルさんが買い取ってくれるかもしれないわよ? 邪樹妖トレント化した樹の果実は魔素が豊富で、味も栄養も通常のものより良いから高級食材として流通しているわ。まあその分、危険も伴うけどね?」


 と言い、取ってきた林檎の実をケレブリエルさんに売ってみてはどうか?と提案してくる。

 当てが外れたボクは少しがっかりしたけど、他に方法も無かったので、バロラの助言に従うことにした。



 銀の乙女亭に着き、ケレブリエルさんに事情を説明して、小・邪樹妖レッサー・トレントの林檎を買い取ってもらえないか交渉する。

 ケレブリエルさんは「なかなか良い林檎ね!」と言い、300MPでそれを買い取ってくれた。


 その日の「銀の乙女亭」はあいにく満室ということで、ボクはケレブリエルさんの娘さんが昔使っていたという屋根裏部屋で泊めてもらうことになった。

 「今は半分倉庫みたいになっているから申し訳ないのだけど……」とケレブリエルさんは言ったが、倉庫として使われていたにしては部屋は埃っぽくもなく、窓を開けて換気をすれば十分に泊まることができた。

 宿泊費は200MPにまけてくれてボクの手元には100MP分の魔晶石が残った。



 ▼▼▼▼



 今、ボクは今日のクエストを受ける為に冒険者ギルドへ行く準備をしている。

 昨日と同様、胸には布を巻いて平らにし、ショートボブにしてある髪は後ろでポニーテールにして束ね、つば付きの黒い三角帽子をかぶる。

 こうやってすると、なんとか男の子に見えなくもない。


 ボクが男の子のような恰好をしているのは、昨日の夜、バロラから改めてボクの全魔法属性適性は異常だから、他の人にはバレないようにした方が良いとアドバイスされていたからだ。


 バロラの話によれば、


「そもそも魔法適性が高い女の子がよく生贄として狙われるのよ。古代の神霊たちの中にはそういった女の子――特に処女の生贄を好むものたちがいるわ。だから冒険者を始めたばかりの頃の女性魔法職は、女性であることを偽り男装して冒険者をしている子もいるのよ?」


 ということで、全魔法属性に適性があるボクも、男装した方が良いかもしれないという話になった。


「『ニケ』だとあからさまに女の子の名前だから、あなたはしばらくの間『』と名乗った方が良いかもしれないわね」


 とバロラは言うので、


「『ニケ』ってそんなに女の子っぽい名前かなぁ?」


 とボクは返す。


 バロラは、


「だって『ニケ』って古代の女神の名前でしょ? 魔術師の中にはそういった古代神の名前にも詳しい者たちがいるから、念のため気を付けておいた方が良いわ」


 と答えた。


 確か古代ギリシアに『ニケ』という名前の翼が生えた勝利の女神がいたはず。

 このゲーム世界はわざわざ【賢者語】というシステムを使ってまでゲーム独自の世界観を守ろうとする割に、こういう部分では現実世界の世界観を踏襲してるんだな……

 少し不思議には思ったけど、どうやらこの世界でも『ニケ』は勝利の女神をしているらしい。


 とりあえずボクはバロラの助言に従い、しばらくの間は『』を名乗ることにした。



 バロラは今日の朝、迷宮都市アンヌンを旅立ち別の迷宮都市へと移動するらしい。

 バロラも走竜のクイタを迎えに冒険者ギルドの獣舎へ向かうということだったので、ボクたちは冒険者ギルドまでいっしょに歩いて行った。


 冒険者ギルドまで向かう途中、バロラはこの世界のダンジョンについて少しボクに話をしてくれた。

 この世界にはセフィラ級というランクを冠された10種の難関ダンジョンが存在し、それを中心に世界の経済は回っている。

 ダンジョンの周辺に迷宮都市があり、それを管理する国が形成されている。


 セフィラ級を超える超難易度の『アイン級』というダンジョンも存在するらしいけれど、そこは難易度が高すぎてダンジョン周辺のエリアでさえセフィラ級並みの難易度を誇るらしく、経済的に活用するにはあまりにも危険すぎるらしい。

 そのような理由もあって、バロラは主に世界中のセフィラ級ダンジョンを巡りながら仕事をしているようだ。


「あなたも冒険者等級が上がってセフィラ級ダンジョンを攻略するようになったら、また私たちが会える日も来るかもね」とバロラが言うので、ボクも「早くセフィラ級に挑めるよう頑張るよ」と彼女に伝えた。



 冒険者ギルドに到着すると、バロラはクイタを迎えに獣舎に向かうという。

 ボクはこれまでお世話になったことにお礼を言い、バロラに別れを告げる。


「今まで面倒を見てくれてありがとう。おかげでボクも無事、冒険者デビューが果たせたし、なんとかやっていけそうだよ。いきなりこの世界で目覚めさせられたのには戸惑ったけど、ボクを目覚めさせたのがバロラで良かった。本当にありがとう」


 別れの挨拶を済ませ、ボクが冒険者ギルドの受付に向かおうとすると、バロラに呼び止められる。


「ニケ、ちょっと待って。良いものをあげる……」


 そう言うと、バロラは鞄の中から何かを取り出した。

 『指輪』だ。


「えっ? こ、こんな高かそうな物をもらって良いの?」

「ええ、大丈夫よ。この指輪はね、『エリネドの指輪』というの。いちおう迷宮遺物よ。この指輪は所有者のINT知性・魔力MND精神力を高めてくれるわ。魔術の威力だけじゃなく、魔術に対する抵抗力も上げてくれるから、おそらく中級冒険者くらいまでの『鑑定』なら防いでくれる」


 バロラはボクが他の冒険者から『鑑定』をかけられ、全魔法属性適性のステータスがバレないように考えてくれていたらしい。

 この人ってたまに変だったり、お金にがめつそうなところがあるけど、やっぱり基本的には良い人なんだよな……


「ありがとう、バロラ! 大切にするよ!」

「良いのよ。私はもっと良いものを装備しているから。それじゃあ私はもう出発するわ!」


 バロラが次の迷宮都市へ向けて出発するというので、ボクも見送りをする。

 出発する前にクイタにも別れを告げる。


「バロラ! ありがとうね! クイタも! 二人とも道中、気を付けて!」

「ニケ、あなたもこれから色々と大変でしょうけど頑張って! またいつかどこかで会えることを祈っているわ!」


 そう言って、バロラとクイタはアンヌンを旅立っていった。

 これまでなんだかんだでいつもバロラがいっしょに居てくれたけど、本当の独りきりになって少し心細くなる。


 でも、バロラからもらった『エリネドの指輪』を握りしめると、少し勇気が湧いた気がした。


 ボクは冒険者ギルドの受付に行き、今日のクエストを受けることにした。

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