第二章 ニケ、冒険者になる

第1話 冒険者になる?

 愕然としているボクをよそに、アイシャとバロラはクエスト報酬の受け渡しについて話し始めた。


「バロラさん、クエスト報酬の50万MPですけど、お支払いはどのようにしましょうか? 口座? それとも現金で?」

「そうね、さすがにそれだけの大金だと持ち歩くのも大変だし、物騒だから口座の方に入れておいてもらえたら助かるわ」

「そうですね~。中級冒険者さんの年収くらいの金額ですもんね。そしたら口座の方に入れておきますね?」

「よろしく頼むわ!」


 どうやら今回、別室に呼ばれたのは高額依頼の達成によるお金の受け渡しについて確認することが理由だったらしい。

 50万MPって言うと一泊500MPの「銀の乙女亭」で1,000泊できる金額だ。

 他のことにもお金を使うとしても二年くらいホテル住まいで遊んで暮らせる金額になる。


 ボクを封印の箱から出すだけの依頼でそこまでお金が手に入るのも不思議な気がしたが、難関ダンジョンの深層ということだから誰にでも達成できるクエストじゃなかったということだろうか?

 そんなところにパーティーも組まずにソロで行ったバロラは、凄腕の冒険者ということなのかもしれない。


 でもそんなことより今はこの状況を何とかしないと……


「依頼主は結局誰だか分らなかったんですか?」

「ええ、それも確認してみたんですが極秘事項なのか、ギルド本部からも特に情報が下りてこなくて……」

「じゃあボクは突然眠りから覚まされて、いきなり見知らぬ世界で放置されるということですか!?」


 と、ボクがちょっとムキになって言うと、


「そんなこと言われましても分からないものは分からないですからね~」


 と言って、アイシャは頭をぽりぽり掻きながら困り顔で答えた。


「まあ、でも魔法協会に捉えられて実験台にされるよりはマシだとも言えるわよ」


 と、バロラはニコニコしながら他人事のように言う。

 いや、他人事なんだけどさ。

 バロラは今回の依頼で50万MPの報酬が入ることがよっぽど嬉しいらしい。


「ねえ、バロラ。あなたもどうしてこんな依頼人も依頼内容もはっきりしないようなクエストを受けたの?」


 と聞くと、


「まあ報酬が良かったからね。前にもセフィラ級『マルクト王国』ダンジョンの深層にある神々の墓所には行ったことがあったし、私なら達成できるかなって」


 と返してきた。

 


 バロラがボクのお姉ちゃんで、ボクをからかう為に今でも演技しているという線はまだ可能性としては残されているような気がしていた。

 しかし、単なる悪戯でここまでするような人でも無いような気がする。


 冷凍睡眠コールドスリープから目覚めたばかりの妹をいきなりVR空間に連れ出して


「ねえ、ビックリしたでしょ? 異世界転生したって思った? あなたが勉強していたVRは今ではこんなに進化したのよ」


 くらいの悪戯はしてきたとしても、本気でこっちを悩ませるようなことまではしない人だったと思う。


 それに強制的にVR空間に連れ込んで、24時間以上もログアウトできない状態で拘束するというのは、いくら身内がやったとしても犯罪のような気がした。


 それとも余程の事情があってのことなのか?



 そんなことを考えていると、昔見たハリウッド映画を思い出した。

 主人公は大金持ちの資産家の男性で弟に壮大なドッキリをしかけられるという話だ。


 自分が全財産も友人も全て失って、最後は弟を誤って射殺してしまったと勘違いさせられた主人公は、ビルの屋上から投身自殺をする。

 けれど、それさえもおりこみずみのドッキリで、飛び降りたビルの下にはでっかいクッションがあらかじめ設置されていて、主人公は無傷で助かる。

 最後に落ちてきた主人公のもとに死んだふりをしていた弟がかけよって来て、「兄さんに本当の生きる喜びを知ってほしかったんだ」みたいなことを言って種明かしをするやつだ。


 姉は生きる上で重要な何かをボクに取り戻してほしいと思って、こんな壮大なドッキリを仕掛けてきているということだろうか?

 これまで筋委縮性難病のせいでVR世界の中に閉じこもりきりだったボクに、リアルの大切さを思い出して欲しかったとかだろうか?


 でもいくらリアルじゃなくVRだとしても、これだけ大がかりのドッキリだったらゲーム運営会社にも許可を取らないといけないだろうし、いっしょにドッキリをしかける協力者を集め、計画を練り、みんなで演技の練習をし、リハーサル……とにかく物凄く手間もかかるし、協力者やゲーム会社に謝礼金を払ったりとか、けっこうお金もかかりそうだ。


 そうまでしてやりたいことなのか?

 それとも未来の姉はビジネスで成功を収めるとかして、十分な資産を持っているからこんなことを仕掛けてきているとかなのだろうか……?


 いや、そもそもまだバロラがお姉ちゃんとは限らない。

 まったく別人のプレイヤーかもしれないし、もしかしたらNPCなのかもしれないし、もしかしたら本当にここが異世界ということだってあるのかもしれない……


「そんなに誰が依頼したかが気になるなら、直接、魔法協会の本部に行って確認してみてはどうですか?」


 ボクが深刻な表情をして悩んでいるとアイシャがそうやって提案してくる。


「冒険者ギルド本部には私の方から確認しても情報は下りて来なかったです。職員の私が確認しても情報が下りて来ないくらいですから、おそらくあなたがギルド本部に行って確認しても情報は得られないでしょう。でも魔法協会本部にあなたが行って、自分で調査するというのでしたらあなたの自由です」


 確かにアイシャの言うように、ボクが冒険者ギルド本部に確認しても答えは得られなそうだ。


「じゃあ魔法協会本部へはどうやったら行けるの?」

「魔法協会の本部はアレクサンドラにありますから、ここからだとかなり離れていますね。自分一人で行くなら旅費で1万MPくらいかと思いますが、レベルが低いニケさんが行くなら冒険者を護衛に雇う必要があります。低く見積もっても5万MPはかかるでしょうね」


 そんなこと言われてもボクは昨日、ダンジョンで目覚めたばかりでこの世界でのお金なんて一銭も持っていない。

 ボクの所有物なんて今着ている服くらいなものだ。


「5万MPってどのくらいの金額なの? それだけの金額を稼ぐのって大変かな? ボクは昨日いきなりダンジョン内で目覚めたばかりだし、お金は今、持ってないよ」

「そうですね、街の中で就職をしてもニケさんは魔術Lv1以外に特にスキルを持ってる訳でも無いですし、そんなに稼げないでしょうね。普通に働くだけじゃ一年かけてもそれだけのお金を貯めるのは難しいかもしれませんね」

「いっ、一年以上も!?」


 ボクは突然訳の分からない世界で目覚めさせられ、一年以上も事態の真相が分からないまま過ごさないといけないのか?


「でしたら……」

「――でしたら?」

「でしたら自分で冒険者になってお金を稼ぐしかありませんね」


 アイシャの突然の提案にビックリして一瞬フリーズしてしまう……


「えっ? マジで?」

「マジです」


 コボルト一匹殺しただけで気持ち悪くなって吐いちゃったボクに冒険者なんか勤まるのだろうか?

 そもそもこの世界での戦い方なんか分からないし……


 ボクが助けを求めてバロラに視線を送ると、バロラはそっと視線を外してくる。


「ねえ、バロラ。お願いだからアレクサンドラまで連れて行ってくれたりとかは……?」

「いやよ!さすがにタダ働きは!」

「やっぱり?」

「そりゃね?」


 どうやら冒険者になる以外は他に選択肢が無さそうだった。

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