第16話 彼らもみんな生きている

『1,408』

『1,547』

『1,411』


「……あれ?」


 刀を振った時、ユキは微妙な違和感を覚えた。

 いつも通りに振ってるはず。なのに、何かがおかしいと体が訴えている。


「も、もう一度」


 ユキは首を捻りつつも、再び刀を構えた。


「ギィッ!」


 1体目のゴブリンが飛びかかってくるのを半身だけずらして避ける。


「「ギギィッ!」」


 他の2体も同時に襲いかかってきた。一体は鋭利な爪を立てて、1体はツルハシを振りかざしてきて。


「ふっ――!」


 2体の隙間を縫うようにしてすり抜け、空気の流れに乗せるかのように刀を振るう。


『1,057』


 流れに乗った刀は一切の無駄なく鞘に収まり――スキルモーションへと移行した。


「【鎌鼬】!」


 ――一閃。


 ユキの居合が1体の胴体を捉える。


『2,768』


「ギィイッ……!」


 モロに受けたゴブリンはそのまま光の粒子となって散っていった。

 残りは2体。


「――っ!」


 と。

 死角を突いて迫ってきていたゴブリンにいち早く気が付いたユキは、後ろを振り返りながら大きく横へ振るった。


『1,305』


「ギィッ!?」


 思わぬカウンターを食らい、不意打ちを仕掛けようとしたゴブリンが怯む。その隙を逃さず、ユキはゴブリンに向けて突きを放つ。


「はぁっ――!」


 ユキの渾身の突きは、見事ゴブリンの喉元へ深々と刺さっていた。


『1,865』


「ギ、ギィッ……!!」


 2体目も消えた時――残る1体は全力で逃げ出す。

 元々3対1で挑んでいたのに、2体とも倒されれば勝ち目なし。恐れるのは当然だろう。


 ……しかし、ユキはしっかりと最後のゴブリンを追っていた。

 地を大きく蹴り上げ空中で反転、洞窟の天井へ足をつけると、逃げるゴブリンに向けて構えを取る。


「【ぬえ】!」


 上から一気に振り下ろす大技。

 地面ごと叩き割るかのような勢いで、ユキはゴブリンを両断した。


『3,857』


「ギッ……!」


 声もあげられず消えていくゴブリン。全部倒したのを確認すると、ユキはバーサークモードを解いた。


「……やっぱり」


 刀を収め、確信する。

 やはりユキの勘は間違いなかったようだ。今までと同じ動きをしているのに、微かな違和感を感じる。


 いや、違和感というより――いつも以上にしっくり来る感じ。

 動きに一切の無駄を感じない。無理に刀を振っているわけではなく、向こうの攻撃に一切焦ることもなく。


 自分で思うのもあれだが、まるで剣術の師匠みたいな動きだった――とユキは感想を抱いた。


 それもこれも……。


「うん。予想通り、かなり動きがよくなったな」


 と満面の笑みを浮かべたノインがユキに近づいてくる。今の結果にご満悦のようだ。


 そう――それもこれもノインの地獄のような特訓を受けてから。幾つもの死線を潜り抜け、無事1日を終わらせてみたはいいものの、「これで本当に成長したのかな……?」と半信半疑だったユキ。


 しかし彼女の不安は杞憂だったようで、まるで別人のような動きだった。

 教え方一つでこんなにも変わるのかという驚きもあるが、彼女にはもう一つ別の感情もあった。


「はぁぁぁ……こんな簡単に強くなるだなんて……私の苦労は一体……」


 思わずため息が洩れる。


 今まで頑張ってきていたのに、ノインのやり方に従っただけで一瞬で強くなってしまった。嬉しい反面、これまでの努力が無駄だったみたいで悔しいという感情が彼女の中で渦巻いているのだ。


「あーあ。最初からノインさんがいてくれたら、こんな時間かからずにサクッと強くなれたんですかね」


 やや自嘲気味に笑ってみせるユキだが、ノインの反応は意外なものだった。


「ん? いやいや、最初から俺がいたところでそんな簡単に強くなれないぞ?」

「えっ……そうなんですか?」

「いやだって、これユキ先輩の実力だし」


 ノインは自身にそれほどの力があるとは思えなかった。

 昨日ユキにやらせたことは、師匠の猛攻をそれとなく再現したものだ。

 しかし、師匠の猛攻を耐え続けて第1形態を倒せたのは初めて1,000時間後のこと。

 師匠並とは言えないが、それに似せた猛攻をユキはたった一日でこなしてみせたのだ。


 これをユキの実力と言わないで、何と言えようか。


「いやでも、私みたいな才能ないのがそんな……やっぱりノインさんが原因としか……」

「……前々から思ってたけど、なんか俺をやベーやつみたいな目で見てないか?」

「えっ、違うんですか!?」

「言っておくが、俺は普通の一般人だぞ」

「普通!?」


 ノールックでジャスガ出来て、格上の相手に余裕で勝てて、2日連続徹夜しても平気な人が普通。


 ――いやいやいや! 普通じゃない普通じゃない!


 ユキは脳内で全力否定する。ついでに手を全力で振る。


「それにさ、ユキ先輩は今まで何もしてこなかったわけじゃない。今まで頑張ってきたんだから、基礎が出来てて当然だろ」

「……ほ、本当ですか? 私の努力、無駄じゃなかったんですか?」

「えっ? 無駄なわけないだろ。俺は応用だけを教えただけで、ユキ先輩はそれ相応の実力があったんだから」

「…………」


 ――全部、無駄じゃなかった。

 ――これでも一歩ずつ前進してるんだ。


 ユキは自分の手をじっと見つめ、やがて決意したようにノインを見つめ返す。


「あの、ノインさん。今からミノタウロスに挑んでもいいですか?」

「今から?」

「なんだか今日はいける気がするんです!」

「おっ、いいんじゃないか?」

「はい! ふっふっふ、今日の晩飯こそミノタウロスのソテーを頼んでやりますよ!」


 彼女は尻尾を元気よく振りながら、意気揚々と第5階層へ挑んでいった。


【ユキ

HP 0/760

MP 240/240】


『You Are Dead』



***



「……あれぇ?」


 ステップの広場で彼女は首を捻った。


 間違いなく、間違いなく自分は強くなれたはず。

 動きだって格段に良くなったし、レベルも申し分なかった。


 そのはずなのに……。


「おかえりユキ先輩」


 と、ノインが笑顔で出迎えてくれる。

 ……どうやら戻ってくることを予感していたらしい。


「で、どうだった?」

「……ど、どうだった、ですって? 見りゃわかりますよね!? 負けましたよ! 負けちゃいましたよ!」


 ノインの無神経な発言にユキは激昂する。


「っていうか、私が負けること知ってましたね!?」

「いや、流石に完璧に予測はできないよ……十中八九そうだろうなと思っただけで」

「ほぼ100%じゃないですかぁっ!」


 しかし負けたことは事実。それ以上言い返せないユキは悔しそうに唇を噛み締めた。


「いや、そんなことはどうでもいいんだ。で、どうだった?」

「だから――!」

?」


 ここでノインが本当に訊きたいことに気がつき、ユキはピタリと動きを止める。


「ミノタウロスの攻撃はどうだった? 隙はなかったか? ミノタウロスの攻撃速度とユキ先輩の回避速度の差は? あいつはどんな時に怒った? どんな時に怯んだ?」


 要するに――負けて得たことはなんだったのか。


 ノインは負けることは悪いことじゃないと思っている。むしろ、ゲームなのだからどんどん負けるべきだと思っている。

 負けて、学べることはたくさんあるのだから。


 ユキは額に手を当てしばらく考えていたが、やがて諦めたように項垂れる。


「………………ごめんなさい、わかりません」

「……そうか」


 てっきり幻滅されるのだろうかと思っていたが、ノインは頷いただけだった。


「じゃあ、もう一回レベリングしてみるか。今度は一つ目標を追加して」

「っ! はい、やります! どんなことをすればいいでしょうか!?」


 意気込むユキに、彼は人差し指を一本立てる。


「ユキ先輩、次は相手のことをよく知ってみよう」



***



「――いやぁぁぁあああ!?」


 第3階層。生い茂る森林の中でユキの悲鳴が木霊した。

 必死に剣を振りながらも、顔を青くさせている。


 ユキが怯えている、その正体は。


 ――カサカサカサ!!


 草木をかき分け地を這ってユキに寄って来るユキの半分くらいの大きさがある生物たち。

 その名も『ジャイアントスパイダー』である。


 ユキにとってジャイアントスパイダーは見慣れたもので、別に怖くなどない……通常時は。


 しかし、今はノインのタウントによってモンスターを多く集めたレベリング中。よって、何百ものの黒く蠢く存在が彼女に寄ってたかっている状態なのだ。


「む、無理無理無理! キモいキモいキモい!!」


 別に虫が嫌いというわけじゃないユキもこれには堪えたようで、さっきまでの威勢はとっくのとうにどこかへ消えてしまった。


「【天狗】っ!」


 飛翔スキルを発動し上昇、背の高い木の枝まで飛んで逃げるユキ。


「ひぃぃぃ!? 登ってきたぁぁぁ!?」


 しかし、黒く蠢く存在はいとも容易く木の幹に登り、ユキに迫る。


「ユキ先輩、高い場所に逃げても蜘蛛は登ってくるぞ」


 と、暢気な声をあげながらノインは蜘蛛の群れを捌いていく。

 彼は攻撃しているのではなく、飛び掛かってくる蜘蛛をジャスガしながら跳ね返しているだけなので、ユキの手助けは一切してない。


「……くっ!」


 【天狗】のクールタイムは3分。回避技でもあるが為、他のスキルよりクールタイムが長めになっている。

 なので、ユキは自力で別の木に飛び移ろうと跳び上がった。


 ……のだが。


「あ、あれっ!?」


 不意に何かが触れたような気がすると、宙で身体が止まっていた。

 いや、止まったというより……見えない何かに引っかかっているかのようだ。


「ジャイアントスパイダーの糸は細く見えにくい構造になっている。ふむ、獲物を捕らえるのにうってつけの糸だな」

「なんか近くで解説されてると非常に腹立たしい気分になりますね! こ、このっ……!」


 ユキは必死に抜け出そうとするが、糸が絡んでスキルモーションに移行できない。


 通常、ジャイアントスパイダーが糸を張っている場所では戦闘をしない。火炎魔法で焼き尽くすか、挑発してプレイヤーにとって有利な場所までおびき寄せて戦闘するのが定石の討伐方法だ。


 ――しかし、今は状況がかなり違っている。


 どこを見回しても蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛。ユキにとって安息地はなく、既にこの付近にはジャイアントスパイダーの糸が張り巡らされていた。


「――っ!」


 と、捕まったユキに向かって蜘蛛が巣に集まってくる。

 巨大な牙を立て、可憐な少女の柔肌に突き立てる――


「っだぁぁあああ!」


 その瞬間、彼女は寄ってくる蜘蛛を踏みつけて勢いよく蹴り上げる。

 足場が出来たことにより、ユキは巣から脱出することに成功した。


「……要するに、この糸をどうにかすればいいんですね?」


 そう言うと、ユキは刀を構える。


「【鎌鼬】!」


 彼女が斬ったのはジャイアントスパイダー……ではなく、木。


 重い音を立てながら一本の木がなぎ倒される。


「もうそこら中に糸が張り巡らされているのなら……糸を張っている所から斬っていけばいいだけです!」


 かなりの力技だが彼女の対処法は正しく、いくつかの糸が同時に切れていく。


「【天狗】!」


 続いて放つ風の刃。しかし、目標は彼女の頭上に向けて。


「……よしっ、【天狗】!」


 何かが切れた音が微かに聞こえ、安全が確認された木に飛び移る。


「そして、木に登ってくるのならば……一点に集め、一気に攻撃!」


 登ってくる蜘蛛の大群。その群れに向けて、刀を構えた。


「【鵺】!」


『2,805』

『2,786』

『2,754』

『2,902』

『3,078』

『2,725』

『2,918』

『2,708』

『2,623』

『2,955』


 ユキが振り下ろした斬撃は、連続で蜘蛛の身体を斬り裂いていく。

 やがていくつもの光の粒子が舞っていった。


「――さあ! 攻略法は見えました! 後は片づけるのみです!」


 ――カサカサカサァッ!!


「ひぃぃぃ!? でも、やっぱり無理なもんは無理ぃ!」


 やはりそう簡単に克服できるものではなく、群がっていく蜘蛛にユキは悲鳴をあげた。



***



「――はぁっ、はぁっ! どうやら、洞窟内は、入ってこないようですね!」


 それから数時間後。

 荒い息を立てながら逃げたユキは洞窟に逃げ込んでいた。


 蜘蛛の単眼は未発達だ。視界は光の強弱でしか判断できず、非常に目が悪い。

 しかし、目が悪いのであれば当然獲物を追うこともできない。代表例でアシダガグモという蜘蛛は、身体中の体毛で空気の流れを感じ取れる空間把握能力があるようだ。


「あの蜘蛛は森の中を縄張りにしてるからな。洞窟内はゴブリンがいるから入ってこないんだ」


 と、ノインが涼しげな表情で解説する。


「ゴブリンは頭がいいからな。敵と遭遇した時の対処法は、俺が見てきたモンスターの中では一番人間らしい行動をしている」

「あぁ、そういえばそんな感じですよね……死角を突いてきたり、倒せないと思ったら逃げ出したり……」

「それだけじゃないさ。やつらは人間の道具を使える。ツルハシ、松明、棍棒。中には剣を扱っている個体もいた」

「……なるほど、ゴブリンは基本集団行動ですから、蜘蛛が襲っても返り討ちに遭う可能性の方が高いんですね」


 だから、ジャイアントスパイダーは洞窟内に入ってこようとしない。無闇に突撃すれば、自分が餌食になることを知っているのだから。


「だが、そんなゴブリンにも天敵がいる。この階層だと――ウインドウルフとかな」


 と。

 二人が見つめる洞窟の出入り口から一体の獣が躍り出てきた。

 まるで風。灰色の体毛をなびかせ、スラリと長い脚を見せる――ノインが今まさに言っていたウインドウルフだ。


「はぁぁぁ……追いかけられるなら蜘蛛より、ウインドウルフみたいなカッコいいのに追いかけられたいですねぇ……」

「えっ、ユキ先輩はああいうのが好みなのか……?」

「別にそーゆー目で見てませんからね!?」


 変な誤解を受け慌てて訂正するユキ。そういう割には少し表情が緩んでいたような気がするが……。


「それはおいといて。ウインドウルフの脚力は凄まじく速い。俺がバーサーク3rdモードで後ろから追いかけても、あいつらを追い抜くまで10秒はかかった」

「何やってるんですかノインさん……」


 モンスターと徒競走するノインは想像するだけでもシュールであり、思わず呆れ返ってしまう。


「で、だ。あいつらの脚力にはいくら頭のいいゴブリンでも敵わない。だからゴブリンは不用意に森へ出ないんだ」

「そういえば、第3階層からはゴブリンが森の中での出現率がすごく低くなっている気がしていました……そういうことだったんですね」

「……だが、そんなウインドウルフにも敵わないやつがいる」


 ウインドウルフは地面の嗅ぎながら辺りを歩き回る。

 やがて獲物を見つけたのか、一つの方向を見つめると、再び風のように駆けだす。


 ――のだが。


「キャインッ!?」


 見えない何かに足を捕られ――ウインドウルフはその場で立ち止まってしまった。

 そして……そこに近づいてくる黒い影。


 抜け出そうとするウインドウルフだが、それよりも早く相手――ジャイアントスパイダーが動く。

 何回にも渡り糸を吐き、ウインドウルフの動きを封じる。

 その場で応戦するも……不利な状況は覆せず。ジャイアントスパイダーの噛みつきにより、ウインドウルフは光の粒子となって消えていった。


「…………あれが捕食」

「おっ、よく知ってるなユキ先輩。理科の授業で習ったのか」


 ユキはまだ14歳。RROのプレイ時間こそ他の人と変わらないが……彼女自身の知識は中学生であり、当然経験も浅い。

 目の前で起こっている自然の摂理に、彼女は目を奪われていた。


「そう、この世界でも動物間は変わらない。誰かを襲い襲われるか――こいつらも生きてるんだ」

「モンスターも、生きてる」


 ノインの言葉を反芻し、やがてユキは決意したように彼を見つめた。


「……ノインさん」

「ん」

「私に足りないものが、わかりました」

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