第15話 恐怖!修行という名の百鬼夜行!

「いやぁ、今日も絶好の狩り日和だよなぁ!」


 第1階層。

 大剣を背負ったスキンヘッドの大男、【紅蓮@大剣やってみます Lv.65】が木漏れ日を見ながら目を細める。


「……まぁここVR空間だし。第1階層で雨なんて降らないんだけどね」


 と、ため息まじりに呟くのはひょろりとした長身の男、【ブール Lv.63.5】。


「いや、ブールは真面目だなあ、気分だよ気分。いつも通りの景色じゃあ、味気ないだろ?」

「……そうかしら? 今日はちょっと変」


 茶化す紅蓮だが、如何にも魔法使いという恰好をした女性【Dandelion Lv.58】が口を挟んだ。


「うん? 変? 何が?」

「ええ……だって私たち、今日はまだモンスターに出会ってないじゃない」

「……確かにおかしいね。スライム1体も見当たらないっていうのは、なんか変だ」


 ブールは辺りを見渡す。

 いつも通りの見慣れた景色。しかし、何か争った跡もないのにモンスターがいないのはものすごく違和感を覚える。


「んー……まあ、適当に歩いてりゃいるだろ」

「適当って……」

「いやぁぁぁあああああ!」

「「「…………へっ?」」」


 急に悲鳴が聞こえ始め三人はきょとんとした顔で立ち止まった。


 と、赤いオーラを纏った白髪狐耳の少女が三人の前に躍り出てくる――大量のモンスターを引き連れながら。


「「「っ!?」」」


 その光景はまさに百鬼夜行。

 スライム、ホーンラビット、普段は洞窟内にいるゴブリンまで。馴染みある第1階層のモンスターが何十……いや100を越えそうな勢いで涙目の少女に押しかけてきていた。


「来るな来るな来るなぁ! 【鎌鼬】っ! 【八咫烏】っ! 【天狗】ぅっ!」


 何がどうしてそうなってしまったのか。

 普通ではありえない状況に三人は呆気にとられる。


「………………あー。そこの子、俺たち手伝おうか?」


 紅蓮が恐る恐る訊いてみる。

 なんだかよくわからないが、困っているのは確か。同じプレイヤーとして助けてあげるのが道理だろう。


「あ、大丈夫だ。手伝わなくても」


 と、二人も武器を構えて戦闘しようかどうか迷ってる時、モンスターの群れを割くようにして一人の男が現れた。


 黒髪に白銀の鎧、そして少女と同じく赤いオーラと赤い稲妻を同時に纏った青年。手にしている盾と短剣は何故か初期装備だ。


「あんたたちレベリングしに来たのか? 邪魔してすまない、あと数分したらここから離れるから」

「は、はあ……」

「あと5分したらまた新しいモンスターが湧いてくるはずだ。ここら辺だとホーンラビットが多く出てくる」

「はあ……」


 男は三人に頭を下げて丁寧に説明する……迫りくるモンスターの攻撃を、ノールックで全てジャスガしながら。


「ほらユキ先輩、次はこっち行くぞ。【タウント】!」

「うひゃあああああ! ノインさんのバカ! 鬼! 鬼畜ぅ!」


 盾を叩きながらモンスターを引き付ける姿はまるで笛吹き男。そこに半ば巻き込まれてる形となってる少女は絶叫しつつ、やがて百鬼夜行は3人の前から消えていった。


「な、なんだったんだ、今の……?」

「さ、さぁ?」

「いや、そんなことよりも……あのディフェンサー、何も見ないでジャスガしてたわよね?」

「「「……なにあいつ、化け物?」」」


 数多のモンスターよりもよっぱど化け物じみた動きをした白銀鎧の男は、3人にとって目に焼き付くほど印象的だった。



***



 今朝、早速クエストを受けられるギルドへユキに案内してもらい、ノインが掲示板の中でクエストを確認していく。


「ギルドなのに、あまり人がいないな……」

「あぁ、まあ完全に第1階層は遊びの場ですからね。真面目にクエストを受けようとする人はいませんよ。ギルド内でたむろってる人達は何人もいますが」

「なるほど、それは好都合だ。えーっと……これとこれとこれと……」

「……え? ノインさん、そんなに受けるんです?」


 次々と選択していくノインにユキは不安げな表情をする。


「ん? 大丈夫だぞユキ先輩。全部討伐クエストだし、一日中には終わらせるようにするから」


 ――いや、そういう心配はしてないんだけどな。


「あっ、一度に選択できるのは5つまでか……ちょっと少ないな……」

「そりゃまあ、一度に無制限でクエスト受けられたらみんな大量に受けちゃいますし……ところで、どのくらい受けたかったんですか?」

「え? 討伐クエストは全部受けようかと」


 ユキは心の底から『上限があってよかった』と安堵した。


「仕方ない。クエストとは別にして、個人的に目標討伐数を定めることにしよう」

「……えっと、どのくらいです?」

「うーん、とりあえずボス以外のモンスターは各種300体以上倒したいかな」

「さ、さんびゃくっ……!?」


 予想外の数にユキを目を丸くさせる。


「あの、ちょっと、いや、かなり多くないですか……!?」

「ん? いや、本当は1,000体だったからあまり目標数は高くないぞ」

「ノインさんはここら一帯の生態系を破壊したいんですか!?」

「いやいや、ここはゲームなんだから生態系を破壊なんてできないよ。まったく、冗談が上手いなぁユキ先輩は」

「こっちとしては冗談じゃないんですけどね!」


 ノインはさっき、『一日中には終わらせる』と言っていた。ということは、合計4,000体以上を一日で相手させるつもりだったのだろう。


「だ、大体一日で300も出会えないと思いますよ!?」

「えっ、そうか? 300くらいなら絶対いると思うんだが」

「言いましたね!? 今、『絶対』って言いましたね!? もしいなかったら謝ってもらいますからね!?」



***



「――私が間違ってました! ごめんなさぁぁぁい!!」


 そして今に至る。


 半信半疑でノインについていくと、不思議なことに大量のモンスターがノインの挑発スキルによって顔を出してきたのだ。


 最初は数十程度だったのに、今じゃ100体以上のモンスターが二人に向かって襲い掛かってきている。


「いや、別に謝罪なんてしなくていい。ユキ先輩はひたすら攻撃をしてくれればいいんだ」

「いいえ、謝らせてください! 謝りますから、ちょっと休憩を――ひゃあっ!?」


 ノインと喋っていたせいで目の前から来る攻撃に反応が遅れ、ギリギリのラインで躱す。


「ほら、攻撃してかないと。バーサークモード解けちゃうぞ?」

「……くっ!」


 そう、この特訓でノインに一つの課題を言い渡されていた。

 それは――常時バーサークモードでいて、なるべく解除しないこと。


 通常、バーサークモードは3分で解けてしまうスキル。しかし、攻撃を与えればわずかに時間が伸び、一定数与え続けていれば半永久的に維持できるのだ。


 つまり、今回のユキの目標はバーサークモードの半永久的な維持。


「って、言われてもぉ!」


 必死に刀を振るうユキだが、限界というものがある。集中力も切れてきたし、そろそろHPも半分を切りそうだ。


「もう少しだぞユキ先輩。あとたったの2時間で昼休憩に入れるから」

「2時間はもう少しじゃありませんからぁ!」

「……そうだな、ならこうしよう」


 と、ノインがモンスターたちの攻撃をジャスガしつつ、とある提案を投げかけた。


「今日の夕飯なんだが……」

「夕飯なんてどうでもいいです――」

「ここでユキ先輩が頑張らなかったら、今日もミノタウロス料理を頼もう」

「――っ!!」


 ノインの発言に、ユキの目が見開かれる。


「確かソテー以外にもメニューあったよな。ミノタウロスのローストビーフ、ミノタウロスのシチュー」

「う、うぅ」

「もしユキ先輩が頑張るんだったら今日は食べないでおこうと思うんだが。頑張らないのなら……」

「う――うぅぅ」


 ノインの挑発は思った以上に効いていた。


 赤の他人がどんな料理を食べていようが知ったこっちゃない。自分とは縁がないのだから。


 だが……ノインが食べるとなると、話がだいぶ変わってくる。

 昨晩、目の前で食べられた時、とてつもなく美味しそうだと思ったのだ。


 肉汁が溢れていた。

 美味しそうな匂いがしていた。

 そして何より、ノイン自身が美味しそうに食べていた。


 そんな拷問を……今日も、しかも故意的にされるだなんて、堪ったものじゃない。


「や……やってやらぁぁぁああ!!」


 ユキの全身に再び活力が湧いてきた。



***



「――よし、これで最後だな。昼休憩にしよう」

「ぜぇっ……ぜぇっ……やっと、終わりました……!」


 最後の1体を倒し終えると同時に、ユキはバーサークモードを解除してその場に倒れ込む。

 100体以上いたモンスターを遂に倒し終わったのだ。


「スライム56体、ホーンラビット85体、ゴブリン67体。死んだ回数は0。バーサークモードの最長時間は1時間20分48秒……ここまで5時間。うん、いい調子だ」


 メモを取りながら満足げに頷くノイン。一方でユキは完全に燃え尽きており、ノインの記録を聞きながらも、何も考えられなかった。


 新鮮な空気の味、生い茂る草原の香り、小川のせせらぎ、心地よい風の感触、目の前には雲一つない青空の光景。そしてなにより、やり切ったという達成感が『あぁ、生きてるって素晴らしいなあ』なんて気分にさせる。


 ……まあVRの世界なので、生きてるかと言われたら微妙なラインだが。


「昼飯にするか。ユキ先輩、ちゃんと持ってきた?」

「持ってきましたよ、もちろん……」


 ヨロヨロと上半身を起こし、インベントリから持ってきたお弁当を取り出す。


「今日は唐揚げです。骨付きなので食べやすいですよ」

「ありがとう。おお、確かに美味しそうなフライドチキンだな」

「私の話聞いてました!? 唐揚げだっつてんでしょうが!」


 途端に元気になって声を荒げるユキだが……ノインにはどう見ても骨付きフライドチキンにしか見えなかった。


 一つ手に取って食べ――ふと、ユキに訊いてみる。


「なあユキ先輩。これ、どんな味付けをしたんだ?」

「醤油がなかったので、バジル、ナツメグ、カルダモン等々……以前、カレーを食べたくて必死にスパイスを開発していた人たちがいたんです。今回はそれを使い、味付けをしました」

「……やっぱフライドチキンじゃん」


 明らかにフライドチキンの味付けで、ユキも薄々感づいていたのか「うぅ」と何も言えずにいた。


「でもまあ、美味しいな」

「っ! そ、そうですよね! 美味しいですね、唐揚げ!」

「いや、フライドチキ――」

「あー! 唐揚げ美味しい! 美味しいなあ!」


 わざと大きな声を出して誤魔化すユキ。彼女がそこまで唐揚げに拘る理由はよくわからないが……美味しいという事実には違いない。ノインも黙って食べることにした。


「ところでノインさん。午後も第1階層で同じことやるんですか?」

「あー、いや、この後は洞窟内で同じことをしながら中ボスのオークを倒し、そのまま洞窟内メインの第2階層に向かう。ユキ先輩は外の戦闘の方が得意みたいだからな、洞窟内みたいな閉所でも同じく動けるようにしないと」

「う、うぅ、洞窟ですか……狭くてちょっと動きづらいんですよね……」

「大丈夫だ。ちゃんと戦いやすい場所、モンスターの出現する場所はチェックしてあるから。俺についてきてくれ」

「……そういえば、ここでもノインさんが向かう所にモンスターが必ずと言ってもいいほど出てきましたね。なんで知ってたんですか?」


 ふと疑問に思い訊いてみると、ノインは少し得意げな表情を見せる。


「そりゃあ、ここら辺のマッピングはもうほぼ完了してるからな。時間帯によって変わる出現場所も、モンスターの住処もバッチリだ」

「へぇー……ん、いや、あれ? でも、そんな時間ありましたっけ?」


 不思議ではある。

 確かに昨日は途中で別れてしまったが、それも2時間だけだ。

 第1階層を網羅し、第2階層もマッピングするとなると、相当な時間が必要だろう。


 ノインは依然として笑みを浮かべたままだ。


「いやいや、時間は十分あったさ」

「でも私と行動してるときはそんな様子見られなかったんですが……」

「そりゃその時間以外でやってたからね。一人の時とか、夜とか」

「……夜? ……あの、ノインさん? 一昨日昨日は何時に寝ましたか?」


 恐る恐る訊いてみると、はたして嫌な予感は的中した。


「いや、実はまだ寝てないんだ。でもVRだから大丈――」

「ノインさん、今日はちゃんと7時間寝てくださいね? 起きてたら許しませんよ」

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