第129話・サレン・バックマイヤー②

「本当に?」


 ベッドに座った状態で、レインがケリヴに問う。


「あぁ、もちろん。しかし、感服する程の回復力だな」

「昔から体は丈夫だったんで」


 ケリヴは小さく笑い、言った。


「なるほど、生まれつきの野生児という訳だ」

「野生児……確かに、何も言い返せませんが」

「すまんすまん、年寄りになると口が悪くてね」

「いえ、そんなのは口が悪いに入りませんよ」

「そうかね?」

「えぇ、俺の周りには、もっと口の悪い奴が居ますから」


 そう言ったレインの頭の中には、金色の髪をした戦友の顔が思い浮かんでいた。


「なるほど、そうかそうか」


 どこか嬉しそうな様子でケリヴが言い、そして続ける。


「いやぁすまん。若い人と話すのは久しぶりでね」

「構いませんよ。俺も暇でしたから」

「そうか? なら――」


 ケリヴが嬉々とした様子で口を開いたとき、レインの腹の虫が部屋の中に響き渡った。その音で初めて、レインは自分が空腹であることに気づく。


「……あれ? 今、何時?」


 レインが腹を右手で摩りながら言うと、ケリヴは左手首に巻いた腕時計に目を落として言った。


「十一時半だ。もう昼だな」

「朝食ってねぇのか……腹も減る訳だ」


 納得した様子で、頭を縦に、小刻みに振るレインを見て、ケリヴが言う。


「どうだろう、昼食を一緒にしないか?」

「昼食を?」

「あぁ、君は見た感じ、もう病院食じゃなくていいはずだ。まぁ、念のために退院までは病院食を食べてもらう予定だが」

「それは構いませんが」

「で? どうかね?」

「では、是非」


 レインはそう答えると、ベッドの左側から床に降り、スリッパを履く。下半身にブランケットが掛かっていて分からなかったが、彼は病院で着るようなパジャマのズボンを履いていた。立ち上がって、ベッドの足元に畳まれていたパジャマの上に腕を通す。


「大丈夫かね?」

「はい?」

「眩暈とか、足元に力が入らないとか」

「はい……いや、大丈夫です」

「そうか、なら行こう」


 ケリヴがひらりと身体を反し、部屋のドアに手を掛ける。レインはその後ろに続き、ケリヴに続いて部屋を出た。


 扉の先には、部屋と同じょうな四面白の廊下が左右に伸びていた。床、壁、天井、何処を見ても白で構成されている。


 伸びた廊下を左に行くと、突き当りになり、そこに窓がはめ込まれていた。距離があるために、レインが今立っている場所から下を覗き込むことは出来ないが、手前側から海が伸び、遠くの方で空と交わっている所を見るに、どうやらこの軍病院は海のすぐ側に建っているようだ。


 ケリヴは右へ曲がり、白い廊下を進む。


「今回は私が奢ろう。遠慮せずに頼んでくれたまえ」

「御馳走さまです」


 レインが言い、ケリヴは廊下を進んだ先、左手側に見えてくる階段を下る。踊り場にたどり着いた彼は振り返ってレインの方を見上げ、言った。


「大丈夫か?」 


 レインは難なく階段を下り、言う。


「えぇ、大丈夫です」


 そう言った矢先、彼は踊り場手前、最後の一段を踏み外し、尻もちを付いた。

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