第125話・RTB(リターントゥベース)⑥
レインはくっきりと歯型が付いた左手を摩りながら、シェラから逃避行の顛末を聞かされた。
ナギが彼を海から引き上げ、レーナとカイエの助けを借りてシーサーペントへ乗り込んだ事。おかげで艦の発進時間が少し遅れ、爆雷や機雷の間を縫って航行する羽目になった事。
そして、レインと一緒にシーサーペントへ乗り込んだナギが片時も彼のベッドから離れようとしなかった事をマックスが漏らした。
途端、彼女は顔を真っ赤にし、振り回した両手でマックスをボカスカと殴りつける。
その光景に、部屋にいた一同の笑い声が再び上がった。
そうやって過ごしているうちに日が暮れ、外はもう真っ暗になっていた。
「おや、もうこんな時間か」
シェラが窓の外の景色を見て言う。空には太陽に代わって月が昇り、草木に身を潜めた鈴虫たちが羽根を鳴らしていた。
「私は先に帰らせてもらうよ。明日からまた訓練だ」
彼女はもたれ掛かっていた壁から離れ、扉の方へ向かう。
「じゃあ、私も~」
「私も」
カイエとレーナがそれに続き、カークがじゃあなと一言かけて部屋から出て行った。
「俺はもう少し――」
マックスがそこまで言った所で、彼の腹の虫が鳴り響いた。バツの悪そうに頭を掻きながら、彼は続ける。
「……すまねぇ、腹が減った。お暇させてもらうぜ」
「行ってこい」
レインが笑いながら言うと、マックスはスマンと言った様子で手を合わせ、それからそさくさと部屋を出て行く。
「……それじゃ、私も行くね」
ナギはレインに手を振り部屋の扉のノブへ手を掛けた。
「あぁ、また明日」
レインも手を振り返し、彼女は部屋の外へ消え、扉が閉まる。足音が遠ざかっていき、部屋の外の廊下がしんと静かになった。
「で? 何だ?」
レインは最後まで残っていた、緑髪の青年に対して言う。ザイツだ。彼はカークが座っていた椅子に腰を下ろし、俯き加減で言った。
「……あの車で逃げてる時、憶えてるか?」
「あぁ、憶えてる」
レインは言った。彼はしっかりと覚えていた。あの時のザイツの眼差しや、額に突きつけられた銃口の感覚も。
ザイツは口籠り、少しの間があった後に口を開く。
「……あの時は――」
「ザイツ。その話は終わりだ」
「だがッ――!」
「終わりだ。生憎俺は生きてるし、お前も生きてる。それで十分だろ?」
「そうかもしれないが、お前はそれでいいのか?」
「あぁ、そう言ってんだろ」
「お前はもう軍人じゃなかったはずだ。それを、俺達は無理やり――」
「ザイツ、しつこいぞ」
レインが語気を強めて言う。ザイツは歯を食いしばる様に押し黙った。
「この作戦、俺が出ると言ったんだ。そりゃスカウトは強引だったが、やると決めたのは俺自身だ。ある程度こうなる事は予想してたさ」
そこまで言って、彼は小さく笑い、続ける。
「まぁ、生憎死にかけた訳だが。それでも、俺は死ななかった。何故か? お前のチームのおかげだ」
レインはザイツの肩に手を置き、言う。
「だから、お前がやることは、こんな所でうじうじいう事じゃない。アイツ等に感謝することだ」
「……あぁ」
ザイツが呟くように返す。その時、ノックも無しに部屋の扉が開き、男が一人入って来た。
「なかなか感動的だな」
レインは男の方に目を向け、鼻で笑いながら言う。
「よう、ニール・フラナガン隊長」
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