第59話・共同戦線⑧

 周りの景色が開けてくる。左右を覆う様に生えていた木々は段々とまばらになり、徐々に見通しが良くなって行く。


 FJクルーザーは依然として総攻撃を受けていた。左方から迫る軽装甲車はここぞとばかりに据え付けの機関銃を掻き鳴らし、執拗に弾丸の雨を降らせてくる。フロントガラスや側面ガラスは、既に窓枠に残っている面積の方が少ない。


 ロクに整備されていない不整地が幸いしてか、まともに狙いを付けられていないらしい。タイヤは四輪とも健在なようだが、それもいつまで持つか分かったものでは無い。


 そして、砲声。


 FJクルーザーから少し右方に離れた先で砲弾が炸裂する。巻き上がった土煙が無防備な車内へ舞い込み、レインや隣のカークの服を黒く汚した。


「おい、レイン! 本気でやる気かよ!?」


 助手席のカークが叫び声を上げる。威勢よく大声を上げているが、声色には少し怯えが混じっていた。


 レインは鼻で笑い、答える。


「ほかに方法が思いつくか?」

「何かねぇのか!? もっと安全な方法は!?」


 再び砲声。それを見越していたレインは、予め左へ回避行動を取っていたので、砲弾はFJクルーザーのドアミラーをこそぎ取って、あらぬ方向へ飛んで行った。


 レインは笑った顔をカークの方へ向け、言う。


「何か言ったか!?」

「……何もねぇ! 求めるだけ無駄だったわ!」

「それでいい!」


 眼前に聳え立った大木を左へかわし、木の根が作り上げた地面の隆起へ乗り上げる。

 

 車体が跳ね、大木の枝を何本か折り取った先。そこは開けた草原になっていた。レイン達の角度から見て、直線距離で一キロ程続いている。


 その先に広がっているのは、真っ青な海だった。


「海パン持ってきたか!?」


 地面へ着地し、荒ぶる車体をハンドルで押さえつけながら、レインは言う。


「こんな事になるなら、酸素ボンベ持ってくるべきだった!」


 カークが緊張に歯を食いしばりながら言葉を漏らす。車内のグリップを持つ手に、更に力が入り、彼の身体はシートから少し浮いているようだ。


「空中ダイブは俺達の得意分野だったろ!? 行こうぜ!」


 レインが声を上げ、アクセルを更に踏み込む。眼前の崖へ一直線だ。


「もうどうにでもなれだ! チクショウ!」


 カークが眼をギュッと瞑りながら言った。


 V6エンジンが一層強く吠えた。四駆の足が地面を蹴り、土埃を掻き揚げる。左方から接近していた軽装甲車二台は、彼が自殺するつもりだと踏んだようで、急制動を掛け、車体を横へ滑らせながら停車した。


 しかし、すぐ後ろのレオパルド2は未だFJクルーザーを追いかけていた。戦車は履帯を履いているため、通常の乗用車とは比べ物にならないほどの地面との摩擦力が働く。

 つまり、止まろうと思えばすぐに止まれるのだ。その制動力に物を言わせ、この猛獣はを食らってやろうと牙をむいて追ってきているのだろう。


 砲声。


 FJクルーザーの右後方。そこが炸裂し、車体が左前へと吹き飛ばされる。大柄な四駆の車体がバランスを崩し、取り返しのつかない角度まで右へ回転した。


「あぁ、やべッ……」


 カークが思わず声を漏らす。


 しかし、レインはいたって冷静にハンドルを操作し、勢いに乗った車体をそのまま百八十度回転させる。後方のレオパルド2と向き合う形になると、彼はギアをRレンジに入れ、アクセルを車体の床を抜く勢いで踏み込んだ。


 後ろが持ち上がり、そのままバック走行で崖先へと突っ込む。


 車体が宙に浮く寸前。レインは左手で作った指鉄砲を蟀谷に当て、戦車に対し勝ち誇ったように言った。


「次はここを狙いな!」

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