第173話 野次馬

「……ねぇ本当にそんなので十分だったの?」

「ああ。これだけでも結構なカロリーになるんだぞ。欲しかったらあげるけど」


生肉を断り探索用にコンビニで買っておいた栄養調整用のお菓子を1袋平らげると、メアにそれを勧めてみた。


女の子だしお菓子は好きだろ。


「要らないわ。私達は肉や貝、たまに海藻なら食べるけどそんなパサパサしてるものは食べたいとは思えないの」


思ったより偏食するんだな。

リザードマンのエニスさんはお菓子も作っていたのに。


「それにもうそろそろ着くわ。ほら手を出して」


俺は食事の為に1度縄を解かれていたが、メアにまた拘束されてしまった。


きつめに締め付けられるからこれが思いの外痛い。


「さっきも言ったけどここからはもっと緊張感を持って。鋭く睨んだり、親しげに話し掛けても駄目よ。あくまで輝明は捕虜って設定なんだから」

「分かってる」


メアが言うにはこのフロアはステーションにもそこそこな数のメロウがいるらしく、光のドームに包まれている間に拘束を戻しておかないといけないらしい。


それとメロウは人間に対して敏感で、ちょっとした反応を示しただけで攻撃を仕掛けてくる可能性もあるとかで、ここから俺にはただ黙っている事が義務付けられている。


「あら! 早い帰りねメア。どうやってパークに仕事を早めてもらったの?」

「あはは、ただいまユーリ。それがちょっと面倒な事があってね……」


光のドームが消えると、正面にいた女性が振り返って笑って見せた。

顔が違うのは勿論だが、鱗の色も人によって違うらしく、この子は綺麗な緑色をしている。


「面倒ごと?あなた何をやら――」


ユーリと呼ばれていた女の子の顔があっという間に青ざめてしまった。


メアとの反応の違いを見るにこの子の方が人間に対してひどいトラウマを抱えていそうだ。


「な、なんで……。メア、あなた自分が何してるか分かってるの? 人間をここまで連れてくるなんて……。まさか、その人間が何かして……」

「違うわ。私は何もされてない。ここに人間を連れてきたのは……」


「みんな!! メアが人間を連れてきたわ!! 早く、早くセレネ様に報告を!!」


メアの言葉を無視して叫ぶユーリ。


するとぞろぞろと野次馬が俺達を取り囲み、周囲は人の声で騒がしくなり始めた。


「みんな!! 自分達の記憶もろとも人間の記憶を消して直ぐにここから排除してやりましょう!」


ユーリが俺の記憶を消す為に辺りに声を掛け始めた。


このままじゃなにもしないままダンジョン外に戻されてしまう。


「みんな聞いてえええええええええええええええええっ!!」


野次馬の一部が喉元に声を当て、まさに歌い出す瞬間だった。


メアはこれでもかと声を張り上げたのだ。


それは俺の耳の奥がピリピリする程大きく、野次馬とユーリも自然と動きが止まる。


「私だって人間は嫌いよ! でもこいつは抵抗しないし、今は私がしっかり拘束してる。私達にとってこの人間は、この記憶はここを発展させられる都合のいい道具なのっ!」

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