第66話 蜃気楼

 51階層まで下ると、ダンジョンの内の雰囲気が一変した。

 若干の風に流される砂。奥の方に沼のような黒い一帯と木々がちらほら見えるものの、殆どは砂漠のようなというか、もろに砂漠が広がっていた。

 ダンジョン内なのに燦燦と照り付ける光が砂を熱くし、フロア全体の温度も今まで以上だ。

 砂漠と一緒までとは言わないが、残暑が残る9月のある日、程度には熱い。


「きっとこの中にいるんだろうな」


 俺は恐る恐る砂漠に足を踏み入れた。

 忠利が言うにはここからファングヒポモスというモンスターが現れる。

 しかも、地中に隠れて探索者を襲ってくるらしい。


「おっ。もう階段か?」


 少し歩くと目先に階段を発見した。

 障害物が殆どなかったお蔭であっという間に見つかったのか、それとも運が良かったのか。

 とにかく俺はアイテム欄から、階段の場所を示す為の旗を取り出し、階段に近づいた。


「えっ!?」


 階段の近くまで来ると、階段は瞬く間に消えてゆく。

 漫画や映画で見た事はあったが、これが蜃気楼か……。


「これはメンタルにくるものがあるな……」


 わざわざ階段の位置をマークして欲しいなんて依頼があったのも多分これが嫌だったからだろう。


「蜃気楼は遠くの物体を光の屈折で映す。裏を返せばまだまだ離れた所に階段はあるってことか……」


 俺は旗をしまい、辺りを見渡す。

 砂漠は遠く遠くまで続いていて、歩くのが億劫になってきた。


 ぷしゅっ!


 少し立ち止まっていると、砂漠の一箇所で勢いよく砂が吹き上がった。

 吹き上がる砂の元を目で追うと、砂よりも若干色の濃いモンスターの口が浮き出ていたのが分かった。


 全体が地上に出ていないからなのか、名前の表示はされていないが、恐らくあれがファングヒポモス。

 口にスミロドンのような鋭い牙を携えているし間違いないだろう。


「『瞬脚』」


 再び潜られると、面倒だと思った俺は慌てて、それに近寄った。

 ちなみに≪透視≫も使っているのだが、この砂は現状のレベルでは透かせられないらしい。

 こんな事なら、≪透視≫のスキルレベルを先行して上げておけばよかった。


「ぐぁ?」


 ファングヒポモスは何かが近づいてくることが分かったようで一度砂から体を露わにした。

 通常のヒポモスと同じくらいの大きさはあるが、思ったよりシュッとしていてスリムだ。


 ファングヒポモスはヒポモス同様に口に砂を含んだ。

 

 俺はこいつも砂弾を打つタイプのモンスターだと判断し、急いでヒポモスの皮を取り出した。


「ぷっ!」


 案の定飛んできた砂弾。

 だが形状も色も若干違う。

 先がとがり色は黒。砂というよりもまるで鉄。


「ぐっ! これは同じじゃないのか……」


 砂弾に似たそれは俺の腕を掠め、ボトリと地面に落ちた。

 ヒポモスの皮が破けているところを見るとやはり砂弾ではないらしい。


 俺はその砂弾ではない何かを手に取る。

 カチカチで高い強度。砂を口に含んだのになぜこんな鉄のようなものが……。


「砂、鉄、砂鉄……。砂鉄は砂っていう判定じゃなく鉄寄りってことか」


 俺の推測だとファングヒポモスは砂を大量に口に取り込み、砂鉄だけを弾にして打ち出している。

 これが推測通りなのであれば、非常に器用なモンスターだ。



 ばっさ。



「しまった……」


 ファングヒポモスは俺が弾を拾っている間に砂の中に身を隠してしまった。

 俺を見て攻撃をしてきたところを見ると逃げているわけではないと思うが……とにかくファングヒポモスの場所が特定出来ないと、どうにもこうにもならない。



 ふぁさっ



 数十秒後、俺の目の前に砂が巻き上がった。

 俺はその先でファングヒポモスが攻撃を仕掛けようとしていると思い、当てずっぽうでジャマハダルを振り回した。


「ぐはっ!!」


 しかし、俺の予想とは裏腹に、ファングヒポモスは俺の背後からその鋭い牙で左足に噛み付いてきた。

 一瞬で左足は痺れ、自分の意思では動かせなくなる。


 強烈な痛みが全身を駆け巡るが、俺はこの機会を逃すまいと、咄嗟にジャマハダルで牙の青い点が浮かび上がっている部分を攻撃した。

 すると牙は簡単に折れた。

 だが、反撃をしたことで、ファングヒポモスは再び砂の中に逃げ込んでしまった。


 砂の中に潜られた場合こっちに出来る事は、こうして肉を切らせて骨を断つ戦法くらいしかない。

 ただ俺には肉を切らせる部分をノーリスクに変えるスキルがある。

 これもさっき使っとけばよかった。


「『回避の加護』」


 俺はジャマハダルを片方だけしまってからスキルを発動させると、わざと地面に転がり脚を抑える。

 このヒポモスという種は人の表情などをしっかり見て行動するタイプ。

 こんな安い芝居にも必ず乗ってくるという、自信が俺にはあった。


 ばさっ。


「かかった……」


 再び砂が巻き上がるのを見て、俺はぐっとジャマハダルを掴む手に力を入れるのだった。

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