第57話 ヒポモス

「ぶぁ?」


 サイリアは『即死の影』を見ると何かを感じ取ったのか、じりじりと後ろに下がる。

 不用意に突っ込んでこない辺り、流石難易度高めのダンジョンモンスターだ。


「『瞬脚』」


 俺は瞬脚でサイリアの右後方に移動すると、赤い点がある首筋にジャマダハルを突き出す。


「ぶがっ!」

「くそっ……流石に1発は無理か」


 ジャマハダルで首筋を突いたがサイリアの肉を完全に貫く事は出来なかった。

 しかも、HPは10分の1程度しか減っていない。


 即死が決まってくれないと中々しんどいな……。


「ぶはぁああぁ……」


 サイリアは攻撃され一瞬だけ驚いたようだが、すぐさま俺を払いのけ、深く息を吸いゆっくりと吐き出し始めた。


「これは……」


 サイリアの首周りが異常に膨らみ、てらてらと黒光りしだした。

 俺の攻撃を受け、対策を講じてきたのだろう、見るからに首の硬度が上がっている。


「ぶがぁっ!!」


 うっすらと汗を浮かべながらサイリアは突っ込んできた。

 恐らく硬化出来る時間に限りがあるのだろう。

 さっきまでとは打って変わって、焦ったような表情でがむしゃらに拳を打ち出す。


 だが、そんな考えなしの攻撃を躱すのは簡単。

 俺はギリギリでそれを躱し、サイリアの首にジャマハダルの刃先を向ける。


 サイリアはその挙動に怯えたのか、硬化しているにも関わらず両手で首を守った。

 このモンスターは見た目以上に臆病なモンスターなのかもしれない。

 サイリアの装備している防具はそれゆえなのかもしれない。


「まぁそうなればこうするだけだけどな」

「ぶがぁ!?」


 俺はジャマハダルでサイリアの右手首を攻撃した。

 皮が厚い所為か、なかなか刃が入っていかないが、ダメージはそこそこあるようで、サイリアは大げさに声を上げる。

 一箇所を両手のジャマハダルで何度も斬りつけ、徐々に皮の下の敏感な肉に近づく。


「ぶがぁっ!!」

「『瞬脚』」


 サイリアは流石に不味いと思ったのか、ぐっと歯をかみしめると、左手でカウンターを繰り出してきた。

 それに合わせて俺は『瞬脚』を発動。

 空を切るサイリアの拳を横目に絶好の場所で急所への連続攻撃を開始する。


「ぶがぁ、がぁ……」

「全部で5発。まだ試行回数は少ないが、武器スキルが活きてる」


 サイリアは『即死の影』が決まり、全身を光沢のない真っ黒に染め上げその場から消えた。

 

 『+160』


 入手経験値はダンジョン【獣】のボス以上。

 強さから考えれば妥当な数字だとは思う。ただ、30分待たずに、しかも1階層でこれだけの経験値が得られるのは大きい。

 こういったダンジョンに潜れる探索者とそうでない探索者との間に大きな壁がそびえるのがよく分かる。


「おっと……ドロップ品取り忘れるとこだっ――」



 ぷしゅっ。



 俺がドロップ品をとろうとしゃがみ込むと、地面から10cmほどの変わった形の草を見付けた。

 しかも草の下から、空気が送られているのか地面の砂を巻き上げる。


「なんだこれ? ……なんかいっぱいあるな」


 その草はあちこちに生えていて、砂を軽く巻き上げていた。

 他の草の背がそこそこに高いこともあって、こうやってしゃがまなければ分からなかっただろう。


 取り敢えず珍しそうなので俺はそれを両手で掴み、一気に引っ張った。


「ぐっ! かった……」


 深く根付いているのか、その草は一向に抜けない。

 こうなれば意地でも抜きたくなってしまうのは俺だけなのだろうか?


「ぐ、ぐぐ、うあっ!?」

「ばぁあぁあぁあああぁあああああ!!」


 草の下からなにかが勢いよく、俺の身体を吹き飛ばした。


「いったぁ……まさか、これがモンスターだったなんてな。通りで辺りにモンスターの姿が少ないはずだ」


 俺は吹き飛ばされた事で地面に叩きつけられた尻を撫でながら、そこに現れたモンスターを見た。

 4足歩行で頭の部分だけで俺の身体の倍はありそうな巨体に眠そうに大あくびを見せるその口。

 目は赤く、その頭にはさっきの草が。あれ草じゃなくて『耳』だったんだな。


「ばぁああぁっ!!」


 ヒポモスと表示されたモンスターは口を大きく開けると、その身体に相応しい大きな鳴き声を聞かせてくれた。

 

 鼓膜が破れそうな程大きな音に慌てて耳を塞ごうとしたが、その瞬間、音なんて気にならない程の光景が俺の前に映った。


「マジかよ……確かにお前の素材は沢山欲しいけど」


 2、4、6、8、10。


 総勢10匹のヒポモスが地面から姿を現すと、あっという間に俺を取り囲むのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る