第39話 変態怪盗兎

 階段を降りると、いつものボス部屋……ではなく、完全に真っ暗な部屋が俺達を待っていた。

 

 目が暗闇に慣れていないせいもあって、薄っすら前に何があるのかすら分からない。


 この隙にモンスターに襲われたらまずい。



「2人とも一旦俺の後ろに――」

「きゃあッ!!」

「桜井さん!」

「桜井課長!」


 俺が2人に指示を出そうとした瞬間桜井さんの叫び声が部屋全体に響き渡った。


 しまった。まさか、こんなに用意周到に襲いかかってくるなんて一切思わなかった。



 パチンっ!



 俺達が狼狽えていると、奥の方で指を鳴らすような音が聞こえた。

 それと同時に部屋は一気に明るくなり、俺達の前に一匹のモンスターが現れる。



「ようこそ私の遊び場へ」



 現れたモンスターはジェントルマンもかくや、というお辞儀の仕方で俺達を出迎えた。

 2等身で小さいが2足歩行。服を着ているし、お辞儀の時は被っていた帽子をとって見せた。


 それになんといっても


「モンスターがしゃべった!?」


 俺や桜井さんよりも早く灰人がその事に驚き、声を発した。


 喋るといえば、椿紅姉さんとレッドメタルスライムを思い出すが、あの時は言葉が片言だった。


 だがこいつは流暢に日本語を操っている。


 喋る兎なんてし●じろうとかド●ゴンボール位だとばかり思っていたし、そもそもそんなモンスターを発見したという報告はなかったはず。あったらもっと早い段階で話題になってもおかしくはない。


「シーフラビット……ですって」

「そう私はシーフラビット。盗みと悪戯が好きな兎さ。だからこんな戯れも勿論大好物」


 シーフラビットはシルクハット型の帽子に手を突っ込むと、ひらひら揺れる1枚のローズピンクの布を取り出した。

 結び目が解かれて分かり難いがあれは……。


「戯れですって……。あなたがしたのはただの犯罪。痴漢行為ですわっ!! 絶対許しませんわ!」

「私はモンスターですから痴漢と言われてもよく分かりません。そもそもこの姿になったのはあの男が原因。そう! 私は悪くない。恨むなら私を作り出したあの男を恨むといい!」


 そう言いながらシーフラビットは大事そうに桜井さんの下着を大事そうにポケットにしまった。


 あの男。男の見当は一瞬でついた。

 間違いなくあいつがここの階層のボスになにかをしたのだ。


 どんな方法かは分からないが、余計な事をしやがって……。


「シーフラビット……絶対私が殺して差し上げますわ! 白石君、灰人。しゃべるモンスターだからといって容赦しないでくださいまし」


 桜井さんは髪を掻き上げると、本気の目つきでシーフラビットを睨んだ。

 その額には見た事がない程はっきりと青筋が浮かび、こっちまで恐怖を感じる。


「ふふふ、やっとやる気になってくれる人間に出会えました。さっきのごつい男は私を馬鹿にし、戦う意思が見られなかったので、スルー。私をこの姿に変えた人間はげらげら笑い、満足そうに上の階へ。私、これでも強いんですけどね。皆さん馬鹿にし過ぎじゃありませんか?」

「そういう態度が原因なんじゃありませんの? 明らかに小物といった雰囲気が滲んでますわよ」

「ほう……いいますね」


 バチバチとぶつかり合う2人の視線。


「に、兄さん。今のうちに」

「分かってる。俺があいつに一撃を入れるから、灰人は怯んでる隙に『鎌鼬』を頼む」

「それは、ちょっと難しいかも……」

「え? なんで――。灰人……もっと女性経験を積むか、そういう映像を見て慣れた方がいいぞ。もう思春期じゃないんだから」


 目線を灰人に移すと、若干前かがみで情けない状態になっていた。

 気持ちは分かるが、場所と状況からそんな状態になる事なんて普通出来ないだろ。


 いや、もしかして俺が普通じゃないのか?


「だったら帰ったら兄さんに合コンのセッティングでも頼もうかな。いやー兄さんは女性経験豊富だから女性の友達も一杯なんだろうな?」

「もしかして怒ってる?」

「怒ってるか怒ってないかでいったら怒ってるよ。こんな事で反応する自分自身に」


 俺は情けない表情を見せる灰人を見ていられなくなると、取り敢えず灰人を放っておくことにした。


 そして脚をジワリジワリシーフラビットに寄せていき、『瞬脚』を使う。


「なッ!?」

「おや、私がそれに気づかないとでも?」


 斬り付けた筈のジャマハダルは空を切り、いつの間にか地面に突き刺さっていた。


 シーフラビットの足元にはまるで急ブレーキでもかけたような黒い跡。


 まさか、『瞬脚』を使った俺の動きよりも速いというのか。


「言ったでしょ。強いって」

「くっ! だっせえ帽子の癖に」

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