第36話 声の主
「おおっ!」
「また……」
俺がゴールドホーンラビットの角を折ると再び男の声が聞こえた。
今度は間違いなく聞こえた。驚いたような声は何かに遮られるように籠ってはいたが、随分と大きかったのだ。
どこか興奮しているような、どことなく変態のそれを感じてしまう。
出来れば声の主には会いたくないな。
「今ですわ!! はぁっ!!」
「俺もっ!」
ゴールドホーンラビットは角さえ折ってしまえば、HPが高いだけのホーンラビット。
これなら2人だけに任せても大丈夫だろう。
というか桜井さん、ガンガン前に出るなぁ。
職業が僧侶っていう事を忘れそうだ。むしろテイマーとか言われた方が信憑性がある。
「キー……」
桜井さんの鞭で拘束されたゴールドホーンラビットは灰人の攻撃で滅多打ちにされると情けない声を上げて消えていった。
俺が取得した経験値は20パーセントの200。
桜井さんは60パーセントの600が取得出来た筈だ。
ノーダメージ、短時間でこの成果は十分すぎる。
最初の一撃は多分灰人のスキル。
おそらくは入った瞬間からスキルを使えるように準備していたのだろう。
あのスキルがあれば電気を散らす事も出来るし、遠くの敵にも攻撃が出来るようになる。
発動までの時間さえ短縮出来れば、後衛から攻撃も出来る有能なタンクとなりそうだ。
取り敢えず、あとでそれとなーく褒めておこう。
「あっ! ドロップ品の回収をしないと」
満足気な灰人と桜井さんを余所に俺はゴールドホーンラビットの金角を拾おうとした。
すると――
「その角っ!! ちょっと、じゅるっ! ちょっと見せてくれないかいっ!!」
再び声が聞こえた。
しかも何かを啜る音も混ざって……。
ここは無視して次の階層へ進むのが吉だろう。
俺は、声を無視して階段に向かって歩き出した。
「ちょっと待ってくださいまし! 私だけかもしれませんが、男の声が聞こえますの! たぶん……あっちの方ですわ!」
しかし、声に気付いた桜井さんがとった行動は、その声の主を探しに行ってしまうというものだった。
あっー。やっちまった。
「こっちですわ! 2人とも早く!」
「兄さんも早く」
「……はい」
俺は渋々桜井さんと灰人の後を追った。
正直に言うと、桜井さんというキャラクターだけで食傷気味だから同じくらい、それ以上の奴とはあまり絡みたくないという思いがあるのに。
「ここですわ!」
桜井さんが指差したのは、20階層階段横の壁だった。
「……≪透視≫」
俺はその部分を見つめながら≪透視≫を使った。案の定そこには人の骨格が透けて見えた。
壁に張り付くようにして手を持たれているのも、微妙に震えているのも気持ちが悪い。
「ここ? うーん。あっ! ここに穴がっ! 指入れてみよっ」
「グぎゃああぁぁぁあぁあぁぁああ!!!」
灰人は壁に2つの穴を見つけると躊躇なく指を突っ込んだ。
するとその部分の壁がほろほろと崩れ、悲鳴を上げる1人の男が顔を出した。
男性はぼさぼさの黒髪を肩くらいまで伸ばしていて、頬はこけていた。
身長は高くて細い。鼻筋は綺麗に通っていて、モデルと言われればそう思える容姿だ。ただ、何というか、その髪とかぐわしい香り、それに汚れた白衣がその素材を台無しにしている。
「き、君っ! いきなりは酷くないか! もっと戸惑っているところを驚かせようと思ったのに、台無しじゃないか!!」
男性は灰人に対して訳の分からない怒りをぶつけた。
なんていうかもうこういうコントにしか見えない。
「それで、この角が欲しいんですか?」
「ああっ!! まさかゴールドホーンラビットのあの美しい角がドロップ品として拝めるなんて……。ふふふふ、それを舐めたらどんな味がするのかな? 粉末にして色んな液体に混ぜたらどうなるんだろう? ああっ! 好奇心で身体が震えているよ! モンスター研究者としてこれ程嬉しいことはないねぇ! ……男っていうのは未知のものほど魅力を感じてしまう生き物なのさ!」
「じゃあ、あげます。はい」
俺は後半のちょっとカッコつけて低音を響かせた未知の程魅力を感じるという件を聞くと、ゴールドホーンラビットの金角をその辺に転がした。
よし、これで俺達に用はないだろう。先に進もう。
「え、ちょ、もっと興味持ってよ! モンスター研究者ってなに? ってここは聞き返すところでしょうが!!」
「そうですわ。私この方が気になりますの」
桜井さんが、パーティーリーダーがこう言うなら仕方ないか……。
俺は嫌々男性に『モンスター研究者ってなんですか?』と改まって聞き返すのだった。
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