第30話 始動

「ただいま」


 俺は玄関の戸を開け、リビングへ。


 すると思った通り2人はまだ睡眠中だった。

 灰人が床で、桜井さんがソファなところが上下関係をうまく表しているな。


「起きろー。朝だぞー」


 俺はまず灰人のデコにデコピンを食らわせた。

 しかも力一杯。


「いっ! ふわぁ。えーっと、兄さん。今何時?」

「11時前だな。それより灰人。お前はパーティーの話聞いてたのか?」

「パーティー? 何の事? また酒飲むのか?」


 どうやらパーティーの件は一切聞かされていないようだ。

 無理やり探索者にさせられた上に、依頼内容の1つにされて……不憫な弟だ。


「ふわぁーあっ。……お帰りなさいですの」

「おはようございます桜井さん。出掛ける時もしかして起こしちゃってましたか?」

「いいえ。丁度その時に目が覚めただけですわ。結局すぐ2度寝してしまいましたが……。それで? 無事昇級は出来ましたの?」

「はい。問題なく。それで依頼の件なんですけど……」


 寝起きでいきなり仕事の話はどうかと思ったが、やはり桜井さんに言っておきたいことがあった。


「あの、ありがとうございます。いろいろ根回ししてもらったみたいで」

「ふふ。こんなの朝飯前ですわ。……しっかり私を成長させてください。白石君」

「えーっと。さっきから何を言ってるのか分からないんですけど……説明いいですか?」


 寝ぼけながらもなんとか状況を把握しようとする灰人の表情が面白くて、つい俺と桜井さんは笑ってしまった。

 

「えっと、なんで笑うの?」

「いーや何でもない。それより朝飯買ってきたんだけど食うか? 灰人の好きなハッシュドポテトもあるぞ」

「マジで? サンキュー兄さん」


 俺はマックの袋を灰人に見せた。

 

 灰人はジャンクフードをあまり食べないが、ことマックに関しては買えば喜んで食べる。

 とくにこのハッシュドポテトに目がないのは子供の時から変わっていない。


「それなんですの?」

「桜井さんにも買ってきたので良かったらどうぞ」


 俺は袋の中からエッグマフィンを1つ取り出して桜井さんに手渡した。


「これ、食べ物ですの?」

「えっ? もしかしてマック行ったことないんですか?」

「ええ。お父様があんな下賤な店は使うなと……」

「下賤……とんだ言われ様ですね。美味しいので食べてください。これが庶民の味ですよ」


 お嬢様だという事は重々承知していたつもりだがまさかここまで箱入り娘だったとは。

 灰人も今の発言に驚いたのか、それともそれが面白かったのか、必死に何かを堪えるような素振りを見せている。


「うん! おいしいですわ!」

「よかったです。じゃあそれ食べ終わったら支度をして下さい」

「支度? 早速3人でダンジョンですわね!」

「いいえ。まずは2人の武器を整えます。灰人も食ったら準備な」

「だから説明してよ……」



「おう、いらっしゃい! なんだ、今日は随分大勢だな」

「いろいろあって3人でパーティー組むことになったんだよ」

「ほう、そりゃあ珍しい。それに……あれ」


 俺は灰人と桜井さんを連れて忠利の店にやってきていた。

 最近はあんまりここで買い取らせてばかりも悪いと思って、安い買取でも探索者協会の売却所を利用していたが、やはり武器はここで頼むのが一番だと思いやってきたのだ。

 

 忠利はいつもの様に元気よく迎え入れてくれたが、桜井さんの顔を見ると少しだけ不安そうな顔を見せ、俺に耳打ちをしてきた。

 

 そういえば前に桜井さんがここで泣きじゃくってどこかに逃げていくという事件があったっけ。


 その事もあって、忠利は俺を心配してくれているのだろう。


「大丈夫。もう和解済みだから」

「本当か? なにかヤバい話持ちかけられたりとか、弱み握られたりとか……」

「うーん。別にそういうのは……ないと思う」

「思う?」



「ちょっと! 何を2人で失礼な話を!」



 俺と忠利だけでこそこそ会話をしていると桜井さんが痺れを切らしたように話しかけてきた。

 そういえば桜井さんには≪地獄耳≫のスキルがあったっけ。

 

 一方灰人は初めての探索者用の店という事もあって、目を輝かせながら商品を眺めている。

 新人探索者らしくて初々しいな。


「あっすいやせん! とにかく何かあれば相談してくれよ。輝明は客としてっていう以前に俺の友人なんだからな」

「ああ。ありがとうな。でも本当に大丈夫だから。それで今日は武器を作ってもらおうと思ってきたんだが、お願い出来るか?」

「勿論! ジャマハダル以外の武器もあっていいもんな」

「いや、そうじゃなくて、こちらの女性……桜井さんの武器をまずはお願いしたい」


 俺はそういって桜井さんに目を配らせた。


「私は僧侶の職業ですの。でも、戦いにもある程度参加はしたいんですの。それ用の武器を用意してもらえるかしら」

「僧侶で戦闘も出来る……もちろんです。ただ武器の作成は結構これがかかりますが、よろしいですか?」


 忠利は右手でお金のジェスチャーをすると、少しにやっとした。

 

 やはりこういうところはしっかりしてるんだな。

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