第28話
「生体反応あり。やっぱりフィーネは生きてる!」
俺はガッツポーズしてみたものの、次の瞬間には『どうやって助けるか』を考えねばならなかった。
さて、どうしたものか。硬度計で測定すると、フィーネを包んでいる球体の強度は大したことはない。だが、地面と球体を結び付けている、木の幹のような部分が邪魔だ。
「ユメハ、俺がいいと言うまで、音を立てたり、身動きしたりしないでくれ」
「はっ、はい!」
俺が考えていたこと。それは、ジェット・ブラスターのバルカン砲で、この樹木部分を破砕することだ。無論、上に僅かでもずれれば、フィーネを殺傷しかねない。
危険で困難だ。だが、やるしかない。
俺は照準器を立体表示させ、バルカン砲の発射レバーに手をかけた。
静かに、冷静にやれよ、イサム。
そう念じて、三発の実弾を発射した。
次の瞬間、時間の経過が急にゆっくりになった。錯覚だとは分かっている。だが、俺にはバルカン砲の弾道までもが見えるかのように思われた。
三つの弾丸は左、中央、右の順に、吸い込まれるように樹木部分に着弾。パリン、と甲高い音を立てて、見事に目標を破砕した。
「やった! やりましたよ、イサム!」
背後から肩を叩かれて、俺はようやく現実の時間軸に引き戻された。
俺が『ああ』だか『うう』だか言っていると、フィーネを包んでいた球体までもが割れ、小柄なフィーネの身体が転がり出るところだった。
「フィーネ!」
ユメハはコンバットブーツのままで、地面に足をついた。フィーネのそばにひざまずき、肩を揺すって頬を軽く叩く。俺もすぐさま追いつき、ユメハの肩越しにフィーネを見遣る。
「フィーネ……」
「イサム、フィーネの身体に異常はありません。早くジェット・ブラスターで母艦に戻って、キュリアンに診せましょう」
「ああ、そうだ――」
『そうだな』と言いかけて、俺は唖然とした。フィーネにそっくりな、しかし真っ黒な影が、俺たちを取り囲んでいたのだ。依然感じたのと同様の冷気が、ぞわり、と全身を包み込む。
「くっ、ただで帰すわけにはいかねえってか」
「イサム、フィーネを頼みます。ジェット・ブラスターからメーサー銃を取ってきてください。私がこの場を防ぎます」
「ふ、防ぐって、お前は腕がまだ――」
「急いで!」
「お、おう!」
俺は敵を刺激しないよう、フィーネを負ぶって踵を返し、ジェット・ブラスターへと駆けだした。同時に、打撃音が響いて来る。ユメハの拳や膝が、あのタール共、つまり偽フィーネたちを倒しているのだろう。
ジェット・ブラスターまで、あと十メートルと迫ったその時、地面が蠢いた。
「くっ!」
慌ててバックステップ。そこに現れたのは、やはり偽フィーネだった。
「野郎! よくもフィーネを!」
俺は片手で拳銃を抜き、敵の頭部を狙って銃撃。しかし敵はのけ反るばかりで、とても致命傷を負ったようには思えない。しかも、あろうことか弾丸を肘で弾いてみせた。
「こいつ! って、どわあ!」
俺は驚き、同時に血の気が引くのが分かった。跳弾した弾がジェット・ブラスターのメインエンジンに当たってしまったのだ。
《エンジンに致命的損傷あり。本機での飛行は控えてください。空中で爆発四散する可能性があります》
「なっ! ぐは!」
そちらに気を取られた隙に、敵のフックが俺の左頬を直撃。口内が一気に鉄臭くなる。俺は呆気なく、苔状の植物の中に没した。
ユメハもかなり苦戦を強いられているに違いない。ここまで、か。
俺が偽フィーネに首を蹴り飛ばされるであろうことを想像した、その時だった。
偽フィーネの注意が逸らされるのを感じた。上から何か来るのか? 俺は目だけを動かして接近中の『それ』を見遣った。そして、唖然とした。
「スペース・ジェニシス……?」
何故だ? どうしてこんなところに? 確かにところどころ、外部から強打されたかのような痕はあるが。まさか、あの環状の中を突っ切って、俺たちを助けに来たのか?
そうか。俺たちがフィーネを救出したことで、敵は電波を発信できなくなったのだ。でなければ、スペース・ジェニシスはこんな低空まで侵入してくることは叶わなかっただろう。
「無茶しやがるぜ……」
「イサム、ユメハ! 二人共伏せな!」
デッキの下部ハッチが展開していて、リュンがメーサー銃を構えて叫んでいる。隣にはキュリアンとエリンもいて、同様にメーサー銃を構えている。
スペース・ジェニシスは俺たちの頭上五メートルほどのところで回頭し、三人に銃の狙いをつけさせた。その一斉射で、瞬く間に偽フィーネ共は駆逐された。
「フィーネは無事だ! 早く!」
「ええ、分かってますわ!」
そう答えると、キュリアンはロープを一本垂らし、片手だけで掴まって降りてきた。そのまま無造作にフィーネの腕を取り、腰のあたりに自分の腕を回して抱え込む。それから、リュンとエリンに引っ張り上げられるようにして船内に消えた。
「ほら! イサムもユメハも、ぐずぐずしてんじゃねえぞ!」
さらに伸びてきたロープに掴まる俺。ユメハは僅かに片足を引きずっていたが、重傷ではなさそうだ。
俺はユメハが無事であることと、二本目のロープが垂らされるのを確認してから、自分用のロープへと手を伸ばした。
※
「どはぁっ!」
俺はデッキ内の空気を吸い込みながら、思いっきり尻をついた。そんな俺の前を、キュリアンにお姫様抱っこされたフィーネが運ばれていく。
「ユメハ、大丈夫?」
「ええ、私なら平気。ありがとう、エリン」
ユメハの身を案じるエリンは、いつもより涙ぐんでいるように見えた。年相応の幼さを帯びている。
「ったく、無茶させやがるぜ、バリーの野郎」
「バリーがどうかしたのか?」
「ああん?」
俺が問うと、リュンは前髪をかき上げながらこう言った。
「ずっとモニターしてたんだぜ、ジェット・ブラスターのことは。映像を拝借していたら、フィーネの偽物が湧いてきたっていうじゃねえか。助けに行かなきゃならねえってのは、誰にでも分かることだろ?」
「だ、だが!」
「ちっと聞けや。心配してるのは、土星の環っかみてぇに展開されたあのゴツゴツだろ? まあ、機関砲を全方位に展開したから損傷軽微だが……。帰りはそうはいかねえ。弾がないんだ。どうやってここを乗り切るのか、クリスも頭の痛いところでな」
「ん……」
それを聞いて、俺もまた頭が痛くなりそうだった。機関砲による対空防御もできずに、再び岩石を偽装したタールの群れに突っ込む。一言で言えば、無謀だ。
リュンの口ぶりからするに、まだ脅威となりうる岩石は少なからず存在しているようだ。
ひとまず、月の軌道内に展開していた敵艦隊は自滅したらしい。だが、ワームホールの向こうから救援が来てくれるとは思わない方がいいだろう。どの艦も、自分の損傷確認で大変だろうから。
作戦は成功した。だが、俺たちは十中八九死ぬ。軍人としては本望とでも言うべきなのだろうが、少女たちはどうなるのだろう?
ここで彼女たちが死んでしまっては、アンドロイドを実戦投入したという違法な記録が抹消され、また新たなアンドロイドたちが製造されかねない。
それは……生命を授かる課程として、あまりにも歪ではないだろうか。ユメハもそんなことは望まないはずだ。
それでも、彼女の幸せを願う自分が、俺の中には確かに存在する。経緯はどうあれ、一度授かった命、言ってみれば人生だ。俺でよければ、そばにいてやりたいとも思う。
俺が額に手を遣っていると、おずおずと小柄な人影が歩み寄ってきた。エリンに違いない。
一瞥すると、俺の隣で体育座りをするところだった。彼女も、いや、他の皆もまた、自分の在り様というものに不安や違和感を覚えているのだろう。
《なっ、ななな何だとおぉお⁉》
「うわっ!」
キーーーン、と耳鳴りがする。クリスがマイクをONにしたままで叫んだのだ。
「あの馬鹿、叫ぶならマイクを切っとけって――」
《皆、聞いてくれ! フィーネが気がついた! どうやら、この岩石群を突破して、ワームホールまで到達できるらしいぞ!》
《飽くまでも可能性の問題だにゃ。そう慌てるでないにゃ》
「あっ……」
俺は言葉が出なかった。フィーネが無事だという事実が、俺を一気に現実に引き戻したのだ。しかも、岩石群から脱出できる、と? ようやく、バリーの反応は無理なからぬことであったのだと、俺は理解した。
俺は立ち上がり、エリンと共にブリッジに向かった。そこには、かつてと変わらない格好のフィーネがいて、軽く片手を掲げてくる。
「ひとまず、本艦の操縦系統を一旦頂戴するにゃ。――よし。では、早速帰還するのにゃ。よろしいかにゃ、皆?」
無論、否定する者は誰もいない。
「では、一気にかっ飛ばすにゃ! 皆、耐ショック姿勢を忘れちゃいけないにゃよ!」
こうして、俺たちはある意味壮絶な帰途に就いた。
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