第27話
※
《はぁ⁉ あんた、何言ってんのさ!》
「いいから! 熱源発信弾頭をありったけ積んで、ジェット・ブラスターを投棄するんだ!」
俺は通信端末越しに、リュンと口論を繰り広げていた。
《あたいがせっかく整備したのに、投棄だぁ⁉》
「理由は後で説明する! それに、投棄するのはAI操縦の二機だけだ! 俺の愛機は――一号機は捨てなくていい!」
艦載機を投棄する。そんな無茶をやるからには、きちんとした理由がある。
敵の小型戦闘機は、いずれも高速度・高機動での運動を可能にし、スペース・ジェニシスにまとわりついている。機銃で迎撃するのは困難だ。効果域の広い爆発物でも使用しない限りは。
そこで考えついたのが、ジェット・ブラスターを爆弾代わりにして敵機を引きつけ、本艦から離れたところで起爆させる、というもの。
もちろん、大した威力はあるまい。だが、収容物をばら撒くくらいのことはできる。それによって、敵機に熱源発信機を付着させ、グレート・アースの熱線追尾ミサイルで撃墜してもらおうというわけだ。
敵機の母艦は沈められたとのことなので、今相手をすべきはその四機のみ、ということになる。
《ったく、責任問題になっても知らねえからな!》
「ああ。バリーにそう伝える」
それだけ言って、俺は無理やりリュンとの通信を切った。
「ジェット・ブラスター二号機及び三号機、発信準備よし!」
「了解だ、エリン。リュンに、二機を発進させるよう伝達!」
「了解!」
「ジェット・ブラスター二機、発進! 敵機を引きつけるよう、AIが軌道を調整中!」
「了解」
キュリアンの言葉に、俺は短く応じた。本来は艦長であるバリーの役割なのだが、どうやら作戦の立案者である俺の顔を立ててくれたらしい。
その間、ユメハは弾幕の展開位置を調整し、敵機を大まかに誘導していた。
それから約十五秒後、バッジシステムの画面から、投棄された二機の機影が消えた。自爆したのだ。熱源発信弾が付着していればいいが――それは熱線追尾ミサイルを撃ってみないと分からない。
すると間もなく、再びユメハに通信が入った模様。
「グレート・アース、本艦との間に熱源を捕捉! 数は四、現在までの軌道からして、本艦にまとわりついていた小型の敵機と思われます!」
「距離は十分引き離してあるな?」
「はい!」
正面に顔を向けたまま、クリスが尋ねる。
「こちらスペース・ジェニシス、グレート・アース火器管制室、応答願います」
《こちらグレート・アース、貴艦とは映像を共有している。これより、誘導弾による第二波攻撃を開始する》
すると、バシュン、という誘導弾の合成音が四回連続した。圧縮空気に押し出された誘導弾が、今度こそ熱源に向かって突っ込んでいく。続いて、ドウッ、という鈍い激突音。
「三時方向の光学映像を出せ! 最大望遠!」
バリーが叫ぶ。直後にメインディスプレイに映ったのは、四散していく戦闘機型の物体。部品がごちゃ混ぜになっていて、数えるのは難しいが。
「ワームホール突入まで、あと十秒!」
「防眩フィルター展開! 皆、あまり外を見るなよ! グレート・アースに連絡! 支援、心より感謝する、と!」
「了解!」
エリンが応答し、メッセージを送った直後、俺たちは真っ白い光に包まれた。時空を超えてフィーネを助け、地球を救うために。
※
バシュッ、とまさに空間の切り裂かれるような音と共に、急速に白光は引いていった。二度目の経験だ。
光学映像のディスプレイは、すでに真っ暗な宇宙を映し出している。それだけではない。地球にそっくりな青い星が、中央に映っている。
「よし、タールの根城に戻って来たぞ。全砲塔及びメーサー砲、惑星の中心を狙え。何らかの迎撃体勢が取られる可能性が――」
とバリーが言いかけた、まさにその瞬間。
「ッ! 現宙域に無数の動体反応!」
「回避だ、ユメハ!」
「りょ、了解!」
「全火器、四方八方に撃ちまくれ! やたらめったらで構わん!」
「本艦全体に警備損傷! 何らかの物体が衝突しています!」
「キュリアン、一旦距離を取れ!」
「了解!」
ぐぐぐぐっ、という不自然なGがかかり、俺は吐き気を覚えた。目を瞑って歯を食いしばり、何とか耐える。
やはり敵は自分たちの艦隊を送り出すにあたり、このワームホールを警戒していたのだ。これ以上の接近は困難だ。
「ユメハ、行くぞ。ジェット・ブラスターに乗り込んで、あの惑星に突撃する。スペース・ジェニシスの図体では無理だ。俺とお前の二人で、フィーネを助けに行くぞ」
「わっ、分かりました!」
「リュン、聞こえてるな?」
《おうよ。作戦詳細はどうでもいいが、とにかく三人で生きて帰れ!》
それを聞いて、俺とユメハは目を合わせて頷き合った。
※
俺とユメハは連れ立って整備ドックへと向かった。気圧調整された区画で、宇宙服を着こむ。互いに背中を向けながら、淡々と上着を脱いでいく。
「なあ、ユメハ」
「はい、イサム」
「宇宙服、着るのは初めてか?」
「はい。着用の仕方は分かりますが」
「そ、そうか」
ううむ。心細くなったからといって、ユメハのちょっぴり色っぽい姿を見たいと思ったのは軽率だったか。
自分の浅ましさにかぶりを振った、その時だった。ふわり、と優しい感触が、俺の背中を包み込んだ。
「ちょっ、ユメハ⁉」
「ごめんなさい、イサム。こんなことしてる場合じゃないって、分かってるんです。でも、私、イサムのそばにいたくて、その……触れていたくて」
触れて――って下着姿じゃねえか。俺に至っては上半身裸だ。どばごん、と心臓がとんでもない勢いで跳ねる。
「あ、あの、ユメハ、腕の具合はもういいのか?」
「はい。私、アンドロイドですから」
そんなことを言わせたかったんじゃない。俺は、フィーネ救出に自信を持ってほしくて尋ねたんだ。ユメハがアンドロイドかどうかなんて、今は関係ないし、悲観してほしくもない。
《おい、お二人さん! こっちは準備完了だぜ、さっさと来てくれ!》
「ほ、ほら、リュンも呼んでるぜ?」
「……」
すると、その細い腕からは想像できない力で、ユメハは俺の身体を反転させた。そして一瞬、ほんの僅かな時間だけ、唇が重ねられた。
「ユ、ユメハ……」
「忘れてくださいね」
それだけ言って、ユメハは宇宙服の上着部分を羽織り、ヘルメットを被った。既にドックと一般通路を繋ぐエアロックに入ろうとしている。俺も慌ててヘルメットを手にし、彼女の後に続いた。
《おっ、やっと来たな! 完璧にチューンナップしてあるから、好きに乗り回してくれ。破損させた個所は、バリー経由で請求するからな!》
ふん。フィーネや地球軌道艦隊の皆の命がかかっていると思えば、安い買い物だ。
「よし、俺が操縦するから、ユメハは後部座席に頼む。フィーネを助けてやってくれ」
「了解です!」
俺はユメハの搭乗を確認してからキャノピーを封鎖し、誰にともなく親指を立ててみせた。ガシュン、と言って下部ハッチが開放される。
「ジェット・ブラスター一号機、発進する!」
俺は一気にフットレバーを踏み込んだ。凄まじいGがかかるのを、奥歯を食いしばって耐える。
「これより、敵性勢力圏内に突入、惑星表層部にて、フィーネを救出する!」
ヒュンヒュンと、真っ黒な物体を回避していく。まるで土星の環のように展開した、タールの一部と思しき小型の物体。スペース・ジェニシスでは回避しきれなかったが、ジェット・ブラスターでは話は別だ。
俺は機体を自在に回転させ、増減速し、バルカン砲で物体を弾き飛ばしながら、ぐんぐん惑星に近づいていく。
先ほどからずっと、敵が発する電波によってフィーネの場所は特定されている。やがて自機は敵性物体の環を抜けて、改めて惑星を捕捉した。
「これより降下シークエンスに移行する! ユメハ、フィーネを頼むぞ!」
「了解!」
※
光学映像で見てみると、地表部は随分と静かだった。タールは大方出払ってしまったということか。
それもそうだ。あれだけの宇宙艦隊を形成し、惑星防御のための物体を放出したのだから。
「熱源反応を探ってみる。タールは基本、低温だからな」
フィーネだが、まさか地中深くにはおるまい。電波送信に支障が出る。地表で拘束されているのではないか、というのが俺の予想だった。
ゆっくりと電波の放つ光線に向けて、ジェット・ブラスターを降下させていく。
俺とユメハは同時に気づき、目を見開いた。フィーネがいたのだ。
墨で染められたような半透明の球体が、地表に固定されている。その球体の中央に、四肢を丸めた格好でフィーネがぷかぷか浮かんでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます