第26話

 入ってきたのはバリーだ。


「皆、俺たちの作戦が承認された! スペース・ジェニシスは地球軌道艦隊の援護の下、敵の防衛線を突破してワームホールに突入、タールの生息地である惑星に突撃を敢行する!」

「それで、フィーネを救出できるんだな?」


 俺が立ち上がると、バリーは大きく頷いた。


「とっておきの武装を、ジェット・ブラスターに装備することが決まった。リュン、頼めるか?」

「断れる状況じゃねえだろうが。ったく……」


 リュンは後頭部に手を遣ったが、まんざら嫌でもなさそうだ。


「ユメハ、キュリアン、エリン。君たちのうち一人には、イサムと共にジェット・ブラスターに搭乗してもらいたい。後部コクピットが空いていたはずだ」


 互いに顔を見合わせるキュリアンとエリン。だが最初に手を上げたのは、沈黙していたユメハだった。


「私が、イサムとジェット・ブラスターに同乗します」

「頼めるか、ユメハ?」

「はい。どうぞおまかせを。腕の方はじき完治しますから」


 俺は目を丸くして、この遣り取りを聞いていた。

 ユメハは振り返ると、どこか寂しげな笑みを浮かべた。『どうしてそんな顔をするんだ?』――そう問うてみたかったが、生憎俺は、そんなことができるほど人間としてできてはいなかった。

 いや、今はその方がいいのかもしれない。ユメハに余計な気配りをさせずに済む。


「では、出撃だ! 総員、スペース・ジェニシスに乗艦! 耐衝撃区画にて、次の命令があるまで待機!」


 皆は一斉に立ち上がり、クリスに向き直って敬礼した。


         ※


《ヒューストンより各艦隊司令部へ。敵は月軌道内に侵攻、詳細は不明だが、艦艇の数は地球軌道艦隊と同規模。こちらから支援部隊を発進させる。総司令官はエドワード・ゴッドリーヴ中将》

《こちら地球軌道艦隊第一司令部。敵艦隊、こちらの射程到達まで残り十分》

《主要兵装は、各艦のメーサー砲、またはそれに準ずる熱線兵器。敵艦隊の動きは未だ掴み切れていない。実弾兵器は、無駄弾を使わないよう慎重に運用せよ》


 などなど、物騒極まりない通信を聞きながら、俺は耐ショック姿勢から身体を起こした。

 外部カメラの映像を呼び出すと、既に地球は足元にあった。横を見れば、スペース・ジェニシスの同型艦が次々に大気圏を抜け出し、鈍色に輝きながら展開していくところだった。


 人工重力が起動するのを感じながら、皆ぞろぞろとブリッジへと向かう。リュンだけは、直接整備ドックへと向かった。俺とユメハも、後でそちらに向かう手筈だ。

 ブリッジに入ると、メイドたちはすぐさまコンソールに取りついたバリーは艦長席に、俺は副艦長席にそれぞれ腰を下ろす。

 メインディスプレイには、各艦の位置を符号で示すバッジシステムが映されている。


「艦隊総司令部へ。こちらはスペース・ジェニシス、応答願います」

《こちら艦隊総司令部。バリー・ハミルトン大尉、緊張しているようだな?》

「は、はッ! ゴッドリーヴ総司令官!」


 これには俺も驚いた。通信士ではなく、総司令官が直々に応答してくれるとは。


《生憎、君たちの任務は訓練通りとは言えない。だが今までに得られた感性、直観力はきっと役に立つはずだ》

「はッ」

《改めて命令する。フィーネくんを救出し、全員生きて帰ること。以上!》

「了解!」


 クリスはピシリと敬礼を決め、再び艦長席に腰を下ろした。


 やや大きめの隕石の陰に隠れること、約十分。ヴーーーーーーーン、という警報音が鳴り響いた。本船からではない。通信網を張っている友軍の艦艇からだ。意味は言うまでもなく、攻撃開始である。

 俺は旗艦『グレート・アース』――ゴッドリーヴ中将の座乗艦だ――のカメラが捉えた映像に見入った。


 ぴしゅん、ぴしゅんという軽い音に、ドオッ、という重い音が混じって、大小様々な光の筋が、真っ黒な艦隊に向けて伸びて行く。

 やがてそれらは、真っ白い爆光を伴って大爆発を起こした。


《効果確認!》

《爆光の鎮静化待ち! 観測可能の光量まで、あと七、六、五――》

《それまで待てん! 全艦回頭、各個に回避運動!》


 その中将の言葉は正しかった。まるで白い爆光を薙ぎ払うかのように、真っ赤な光線が次々に敵艦隊から発射された。

 亜光速で射出される、見覚えのない色のメーサー光線。まさか。


「なあバリー、あれって……!」

「ああ。次世代型のメーサー砲だ。どうしてタール共が使いこなしているんだ?」

「どうして……? あっ、そうか! フィーネの記憶だ!」


 俺からワンテンポ遅れてバリーは驚愕を露わにした。

 想像だが、フィーネの記憶の中に新型のメーサー砲によるものがあったのだろう。


 大方は回避に成功したが、動くに動けなかった旧型船が赤い光線の餌食となった。敵のメーサー砲は、圧倒的熱量で船を融解させ、真っ二つにした。橙色の筋を残して、そこから爆風があふれ出るように輝く。直後、船全体が爆発四散。生存者は見込めまい。


 俺はぐっと唇を噛み締めた。彼らは、俺たちを援護するために犠牲なったのだ。彼らの死を無駄にすることだけは、絶対に許されない。


「エリン、ワームホールまでの距離は?」

「相対距離、約二百二十キロメートル。突入予想時刻、約五十秒後」

「遅い!」


 思いっきり肘掛を殴りつけ、バリー立ち上がった。


「ちょっ、クリス……?」

「微速前進! 推進力を後部メインスラスターに回せ! 一刻も早く、この不毛な戦闘を終わらせねばならん!」

「落ち着けよ、バリー。艦長がキレてちゃ、まとまるもんもバラバラになっちまうぜ」


 まあ、この状況での微速前進には異存はないが。

 だが、そんな俺たちの進行を阻止する新戦力が現れた。


「一時方向、敵艦より、小型飛翔体が分離! 数は三、いえ、四! 複雑な軌道を描きながら本艦に接近中!」

「ミサイルか?」

「いえ、これは……艦載機です! ジェット・ブラスターの同型機と推定!」

「なっ!」


 キュリアンの報告に、思わず息を飲む俺。だが、それはバリーの闘争本能を着火させる程度の意味合いしかなかった。


「全砲門開け! 周囲二十キロ圏内に接近した物体は、直ちに自動迎撃させろ!」

「了解!」


 バタタタタタタタッ、と金属質な音が響き渡る。メーサー砲ではなく、実弾による弾幕の展開だ。まるでスペース・ジェニシス自体がハリネズミになったかのような、凄まじい勢いで無数の弾丸が撃ち出される。


 敵機は機敏に反応した。がむしゃらに接近するかと思わせて、巧みに軌道を変えたのだ。簡単に撃墜されるつもりはないらしい。

 だが、敵機がジェット・ブラスターと同型なら、搭載しているバルカン砲の射程はそう長くはない。このまま逃げ切り、ワームホールに突入できれば――。


 だが、それは甘い考えだった。


「右舷第六ブロック、被弾!」

「何だと!」


 慌てて報告を上げたユメハへと振り返るバリー。


「どういうことだ?」


 なるべく落ち着いた風を装って、俺が代わりに尋ねる。


「敵艦の発した小型飛翔体は、メーサー砲を有しています」

「ッ!」


 俺は喉を締めつけられるような緊張に囚われた。

 あのサイズでメーサー砲を有している、だと? あの機動性能を以てすれば、スペース・ジェニシスに対してどこからでも撃ち込めるではないか。


 どうやらタール共は、フィーネの記憶にある既存の機体にメーサー砲をくっつける、という無茶を平然と成し遂げたらしい。

 メーサー砲は、実弾兵器であるバルカン砲より射程が長く、威力も高い。それを搭載した小型戦闘機が、四機も寄ってたかって俺たちを餌食にしようとしている。


 まさか、ここでやられてしまうのか? くそっ、どうしたらいい?


《こちらグレート・アース火器管制室。貴艦を援護する》

「何ッ?」


 顔を上げると、メインディスプレイに巨大な機影が進み入ってくるところだった。


「IFF確認、友軍です! 小型目標分離、誘導弾と推定!」

「総員、耐ショック姿勢! その場で構わん!」


 キュリアンの報告に、素早く応じるバリー。爆音が響いたが、しかしこの艦からは遠いようだ。


《誘導弾、全弾爆破! 目標健在!》

「は、外れた……? うあっ!」


 再び艦体が揺さぶられる。


「左舷第二、第三ブロック被弾! 敵機は攻撃の手を緩めません!」


 ユメハが悲鳴混じりに叫ぶ。

 どうして誘導弾が外れたのか? グレート・アースに搭載されるほどの火器なら、最新型に間違いない。それが躱されるとは。


 ふと俺の脳裏に、件の惑星でタールと遭遇した時のことが思い出された。あの時、俺は寒気を感じはしなかったか? もしかしたら、タールから離脱した戦闘機の温度は低いのではないか。

 熱線追尾式のミサイルでは、命中させるのは至難の業だ。であれば、何らかの熱源をくっつけてやればいい。


「クリス、熱源発信弾頭はいくつある?」

「な、何に使うつもりだ?」

「考えがある。弾頭に装備するよう、リュンに伝えてくれ!」

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