第25話

《あー、お話し中すまない。コホン、スペース・ジェニシス搭乗員の諸君、聞こえるかね?》

「は、はッ!」


 バリーが慌てて立ち上がる。それに倣う俺とメイドたち。


《こちらはゴッドリーヴ中将だ。もしよければ、君たちの話を聞かせてもらいたい。構わないかね?》

「はッ、光栄であります!」


 俺は階級のことは頓珍漢なので、対応はバリーに任せることにする。

 ドアがスライドすると、そこに立っていたのは長身白髪の大柄な男性だった。間違いなく、この建物の入り口で見かけたゴッドリーヴ中将その人だ。


「失礼するよ」

「どっ、どどどどうぞ!」


 いやバリー、緊張しすぎだろ。どこの漫才芸人だ。


「君たちと一緒に乗艦していたフィーネくんが死亡認定を受けそうになっていたことは把握している。だが、彼女が存命である可能性があるのだね?」

「はッ……。し、しかし中将閣下、どうしてそれを?」

「ああ、たまたま廊下を通りかかったら聞こえたものでね。生憎、ここのドアは建付けが悪いんだ」

「左様でしたか……」


 ええい、これではキリがない。俺は意を決して、すっと手を上げた。


「ゴッドリーヴ中将! 発言を許可していただけますでしょうか!」

「もちろんだとも、イサム少尉。いや、是非聞かせてくれ。君の考えを」


 俺ははやる気持ちを押さえながら、しかし出来得る限り慎重に説明した。


「なるほど……。確かに、我々の火力は無限ではない。どこかで誰かが、敵の本丸に斬り込む必要があるわけだ」

「はッ。自分たちは、スペース・ジェニシス一艦で大気圏突入を敢行し、地表の調査も行いました。どうか、フィーネ救出の任務を与えてください!」

「ふむ」


 中将は軽く息をついて、顎髭を撫でた。


「だが、フィーネくんがどこにいるのかが分からなければ、手も足も出ないのだろう?」

「う、あ、はい……」

「イサム少尉、君自身までタールに呑まれる可能性だってある」


 心配されるのは嬉しかったが、信頼されていないのはなかなか堪えた。

 そう、場所なのだ。どこにフィーネがいるのかさえ分かれば、あとはこっちのものだというのに――。


 その時、再びドアのそばにあるインターフォンが鳴った。


《中将、少しよろしいでしょうか?》

「ん? どうかしたのかね?」

《ご覧いただきたいものが……》

「うむ。諸君、少しばかり失敬するよ」


 すると、中将はさっと踵を返し、一旦廊下に出た。何やら部下と会話をしているようだ。

 聞こえづらくはあったが、確かに中将が驚きの声を上げるのは把握できた。やはり、この医務室の建付けは悪い。


「失礼、諸君。たった今、新しい情報が入った」


 すると中将は眉間に皺をよせ、俺たちにそばに来るよう手招きをした。『畏れ多い』とでも言いたげなバリーを、リュンが小突く。


「最寄りのワームホールから出てきた敵の艦艇だが、特殊な電波で結びつけられているようだ」

「特殊な電波?」

「うむ。これは観測班の見立て、というより予想に過ぎないが、どうやら連中は電波が途切れることを危険視している節がある。また、その電波は糸のようなものだが、それはワームホールを経由して、件の惑星に繋がっている」

「タールの生息場所に、ですか?」

「そうだ、バリーくん。となると、一つの仮説が持ち上がる。連中は我々の艦艇の構造をフィーネくんの記憶を基に形成している。しかしそれが途切れると、その形状を維持できなくなるのではないかな? もし自立していられるのなら、何も電波で自分たちを拘束しておく必要はない」

「ってことは、その電波の発信元を辿れば……!」

「イサムくん、君の読み通りだ。フィーネくんの居場所がわかる」

「よ、よし! バリー、行くっきゃないぞ!」


 その時になって、俺はようやくバリーが眉根に皺を寄せていることに気づいた。


「落ち着いてくれ、イサム。仮にお前の想像通りだったとして、僕たちはどうやってワームホールに突入する?」

「え?」

「そんな大事な電波――命綱が発せられているなら、ワームホールにおける敵の守りは固いぞ。それを、スペース・ジェニシス一艦で突破するのは――」

「心配不要だ、バリーくん。だからこそ、君たちのみならず、我々が宇宙に上がると言っているんだ」


 中将の声に、俺は顔を上げた。


「だから艦隊戦を……?」

「そうだ。我々、地球軌道艦隊が総攻撃を仕掛ける。その隙に、君たちはワームホールを逆行し、また件の惑星に出向いてもらいたい。そして必ず、フィーネくんを救出するんだ」


 バリーが姿勢を正し、『了解しました!』と告げる。俺もつられて敬礼する。

 それを見た中将は満足げな表情を浮かべ、大きく頷いた。無言のまま背を向けて、医務室を出ていく。


「皆、聞いていたな」


 くるりと振り返ったバリーが、俺たち五人と目を合わせる。


「作戦の詳細は後で知らされるはずだ。それまで待機。緊張しすぎないようにな」


 そういうお前がさっきまで一番緊張していたじゃないか。俺はその言葉を、しかし自分の胸だけに留めておくことにした。


         ※


 その後、発進までしばし時間がかかることが分かったため、バリーは艦長会議に出かけて行った。

 他に負傷者もいなかったので、俺とメイドたちは手持無沙汰で医務室で待機している。

 普段なら、美少女たちに囲まれて落ち着かなくなるところだろう。だが、今は違う。新たな戦いに対する興奮と、フィーネを救出できるかもしれないという希望に、俺の心は燃えていた。

 そんな俺の気を削ぐまいとしているのか、メイドたちは誰も口を開こうとはしない。

 だが、そんな複雑な沈黙を破ったのはキュリアンだった。


「あの、イサム様?」

「ん、どうした?」

「たった今、そこの遺伝子解析機器でわたくしの血液を解析したのですけれど……。どうやらわたくし共は、偽物のフランキー大佐の命令で作られたようですわ」

「偽大佐に?」

「ええ」


 偽大佐が彼女たちを造ったということは、それがタールの意志でもあるわけだが、一体何故だ?

 待てよ。もしかすると。


「タールの分身である偽大佐は地球にいるわけだよな。ということは、偽大佐が密かにアンドロイド製造に着手したのは、自分の命令に即座に従ってくれる手駒を用意するためだったんじゃないか?」

「それを地球に配置した、とおっしゃいますの?」

「そうだ。やっぱりタールの連中、地球侵略の準備を進めていやがったんだ。でも、そのために潜入させていた偽大佐が死んじまって焦ったんだろうな」

「それで武力侵攻を始めた、と?」


 俺は大きく頷いた。

 キュリアンが顎に手を遣って黙考し始めたので、俺は一番気になる人物の下へと歩み寄った。


「ユメハ、ここ、座ってもいいか?」

「はい、どうぞ」


 ベッドの淵に座っていたユメハの隣に、俺は何とはなしに腰かけた。


「……イサム、怖くはないのですか?」

「え?」

「私たちアンドロイドのことです。偽大佐やその手の者は、少なくともこの基地からは一掃されました。ですが、まだ地球のどこかに別個体が潜伏している可能性もあるんです」

「いつ操られるか分からない、ってことか?」

「はい……」

「俺は、別に」


 やや顔を逸らしながら、俺はそう言った。


「本当に? あれだけ残酷なことができる、私たちの姿を目にした今でも?」

「確かに驚いたさ。でも、それはその時の話だ。今は平気だよ」

「私、どうしてスペース・ジェニシスの格納庫に入り込んでいたのか、実は分からなかったんです。でも、偽大佐の謀略だっていう可能性が高い、ですよね」

「確かにな。記憶の偽装ができるくらいだし」

「ええ……」


 俺は膝の間にだらんと両腕を垂らし、ぼんやり考えた。


「まあ止めようぜ、そんなことを考えるのは。今集中すべきなのは、どうやってフィーネを救出するか、ってことだ。ユメハにだってできることはある。援護、頼めるよな?」


 ちらり、とユメハの方を一瞥する。そして、俺は手先が痺れるような感覚に囚われた。

 ユメハがぽっ、と頬を染めながら、俺を見つめ返している。

 よく分からないが、彼女の潤んだ瞳や艶やかな唇が、俺の心臓を鷲掴みにしてしまったのは事実らしい。


 俺がドギマギしているのに対し、ユメハは落ち着いた様子でじっと見つめ返してくる。


「え、あ、ちょっと、ユメハ……?」


 ユメハは今、両腕を使えない。しかし俺は、まるで見えない腕で自分の両腕を拘束されているかのような圧迫感を感じた。それも、あまり不快な感じはしない。暖かい風に取り巻かれているような感覚だ。


 自分が何を求めているのか。それを理解する前に、ドアの開閉音が室内の空気を震わせた。

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