第18話

 まさか、そんなことがキュリアンの身に降りかかっていたとは。いや、彼女がそうして『造られた』存在だったとは。

 俺は言葉もなく、中途半端な姿勢で固まった。嫌な汗が背中に染み出すのを感じる。


「キュリアン、まさか……」

「この船に乗る予定だった、五人全員の血液を検査させてもらいましたわ。健康管理の一環と称して。そうしたら、皆わたくしと同じタイプの遺伝子操作をされた者――アンドロイドでしたわ」

「嘘だ、嘘だろ、そんなの!」

「おい、落ち着けイサム」

「じゃあ訊くけどな、バリー! お前は平気なのか? 彼女たちが人間じゃないって聞かされて! これじゃあ初めから、人殺しとして生み出されたようなもんじゃないか!」


 バリーに腕を引かれながらも、俺は立ち上がったまま荒い呼吸を繰り返した。

 しかしそれも、くいっと手先を引かれてバランスを崩し、椅子ごと転倒するまでのこと。バリーに柔道技の一種をかけられたのだと気づいた時には、俺はばったり倒れ込んでいた。


「まだ気づかないのか、イサム! お前のその差別的な考えが、彼女たちを傷つけてるってことに!」


 はっとした。そうだ。生まれながらに、などと言ってしまったら、彼女たちの存在自体を否定するようなものだ。俺はなんてことを言ってしまったのだろう。


「ぐっ……うぁ……」


 激しい感情が滅茶苦茶にせめぎ合う。そんな俺から会話の主導権を取り戻したバリーは、極めて落ち着いた様子で質問を再開した。


「で、問題は君たちが、どうしてこの船に乗船させられたか、ってことだな」

「ええ。こればっかりは、地球にある連邦宇宙軍の資料に直接あたるしかありませんわね。フィーネがいてくれたら、この船からでも情報を抜き出すことができたかもしれませんけれど」

「ふむ……」


 とん、と握り合わせた手を軽くテーブルに置き、バリーは深い溜息をついた。

 だが、こんな環境下でも俺は希望を捨てなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 慌てて立ち上がった俺を、キュリアンとエリン、二組の瞳が見つめてくる。


「俺、聞いたんだ! ユメハとエリンの過去の話を! 記憶があるってことは、その間は生きてたってことだろう? でも、そんな面倒なアンドロイドの作製なんて、普通やらないよな? 胚の状態から培養するなんて、骨折り損のくたびれ儲け――」

「記憶は移植されたものですわ」

「え? 移植……?」

「わたくしにも記憶がありますけれど、脳に手を加えられた形跡があります。わたくしたちは、精神的な安定のために疑似的な記憶を移植された、という可能性が高いと考えますわ」


 俺は何も言えずに、ぺたんとその場で尻餅をついた。

 代わりに立ち上がったのはバリーである。今更何を言い出すつもりなのか。俺は麻痺しかけている脳みそで、ぼんやりと考えた。

 しかし。


「どうかなさったの、バリー様?」

「キュリアン、エリン、君たちはこの場で聞いてくれ。イサム、お前もな」


 俺が顔を上げた時、そこにバリーの姿はなかった。会議室端に設置された、艦内放送用の機材に向かっていたのだ。


「総員、そのままで聞いてくれ」


 すーーーっ、と息を吸うバリー。そして、こう言い放った。


「本艦、スペース・ジェニシスは、ワームホールを複数経由した後、地球に降下する! 我々は自らの任務のために、そして互いの存在意義を確かなものにするために、真実を知らなければならない! その鍵は、連邦宇宙軍総司令部のある地球にあるものと、私は判断した。意見の相違のある者は、地球時間で明日午前九時までに申し出てもらいたい。質問も随時、私が直接受け付ける。以上だ!」


 俺は呆気に取られてこの演説を聞いていた。


「ま、待てよバリー、本気で地球に降りるのか……?」

「それしかないだろう。少しばかり給料を減らされるかもしれないが、何も知らされていない以上、自分たちで情報を取りにいかなければ」


 そう言って、バリーは前髪をかき上げた。いつになく男前に見えたのは気のせいだろうか。


「イサム、できたらユメハのそばにいてやってもらえるか? 彼女に必要なのは、誰かの優しさだ」

「で、でも、俺は何にも知らねえし……」

「いいんだ、そんなことは。彼女にはどうしても、お前が必要なんだよ」


 そう言うと、バリーは俺の腕を引いて、無理やり立ち上がらせた。


「行ってこい。命令なんてしたくないから、迅速にな」


 俺は『ああ』だか『おう』だか中途半端な音を出して、覚束ない足取りで廊下に出た。

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