第13話
※
《それでは、これより先行偵察機を射出する》
「了解」
バリーは制帽を被ってリュンに応答した。
今俺たちが打ち出そうとしている先行偵察機は、高速で目標地点に衝突し、そこから地表部分の物質を採集。危険がないか確認する。
また、大気組成や重力などのデータも自動収集してくれるから、大変頼りになる代物なのだ。もちろん、それなりに値の張る機器でもある。フランキー大佐の許可がなければ、そうそう使えたものではない。
「フィーネ、偵察機の光学映像を出してくれ」
「了解だにゃ」
最早誰もフィーネの口調にツッコミをいれようとはしない。ブリッジ内の空気が緩んでいるのか。宇宙海賊に艦を乗っ取られかけた後で、気が抜けるのも分からないではない。
かくいう俺も、早く未知の惑星のデータが送られてこないものかと首を長くしている。先ほどの殺戮劇の光景が浮かんでは来るが、そんなことにかかずらわってはいられない。
フィーネの操縦により、偵察機は目標落着地点を精査する。降下途中の映像に靄が見られたことから、どうやらこの惑星には大気が存在するようだ。
「偵察機、逆噴射開始。落着まで、五、四、三、二、一、落着」
映像が僅かにブレて、地面を映し出す。そうして俺は、思わず息を飲んだ。
「な、なあフィーネ、この緑色の地面は……植物か?」
「少々お待ちを」
偵察機付属のアームが伸びて、緑色の地面を軽く掘り下げる。すると、映像上を凄まじい量の画像が流れた。既存の植物と比較しているのだ。そうして画面端に映し出されたのは、苔状の植物体。
「これは苔なのか」
「生体構造割合の適合度、八十九パーセント。かなり近いですにゃ」
「大気があることといい、苔の植生があることといい、地球にそっくりだな。動物の生存は確認できるか?」
「現在、半径二キロの地点を精査中。動体反応を探っていますにゃ」
こいつは面白くなってきた。
と、まさにその時だった。ザザッ、と映像が再びブレた。しかも、今回は長い。
「何だ? 地震か?」
「違います。偵察機の足場が……崩れている?」
『やっぱり地震か地割れじゃないか』と言いかけた瞬間、映像が真っ暗になった。
「おい、これはどうしたことだ? 光学カメラの故障か?」
「違うみたい」
と、答えたのはエリンだ。部屋の隅のコンソールに向かっている。
「カメラ、正常作動中。おかしいのは、地面の方」
「どんな状況か、分かるか?」
「強いて言えば、真っ黒な沼」
「沼……?」
俺は間抜けな声を上げた。
偵察機は、フィーネの完璧な操縦によって安定した地面の上に落着したはずだ。
それが、一ミリも移動しないうちに沼に飲み込まれる? 馬鹿な。まさか、沼が広がってきて偵察機を飲み込んだとでもいうのか?
「接近するしかないな。エリン、偵察機の位置は落着地点と変わらないんだな?」
「うん」
「よし。反応がロストするまで、映像を出し続けてくれ。本艦はこれより、惑星の大気圏に突入する」
淡々としたバリーの声が、今日は妙に様になって聞こえる。しかし、それで目の前の怪現象が解決するわけではない。
「直接足を踏み入れるのは危険だな。ホバークラフト用意。総員、第一種装備で出撃する」
「第一種、か」
「どうした、イサム?」
「いや、昨日聞いてはいたが、随分大仰な装備をしていくもんだと思ってな」
「何が待ち受けているか、皆目分からん。最大限の防御策は講じるべきだと思うが?」
「ま、まあ、艦長命令なら」
頷いた俺から、バリーは視線を前方に戻した。スペース・ジェニシスの下方映像を前方のスクリーンに表示させる。
《大気圏突入、三十秒前。総員座席に着き、シートベルトを締めてください》
俺は先ほどまでの高揚感が、未知の現象に対する警戒感に塗り変えられていくのを感じた。
※
大気圏突入は、実際呆気ないものである。多少の揺れに耐えればいい。耐熱性の特殊金属で造船されたスペース・ジェニシスにとっては、大気圏内の摩擦など日焼けのようなものだ。
「大気圏突入シークエンス完了。慣性航行終了、高高度飛行に移行した後、地上より二百メートルまで降下。周辺空域及び地上の安全が確認され次第、ホバークラフトを切り離しますにゃ」
フィーネの報告が続く。次に声を上げたのはエリンだった。
「偵察機、信号ロスト。直前のデータでは、重力は地球の九十七パーセント。気体組成は現在、スペース・ジェニシス本艦のセンサーにて計測中。――計測完了。窒素約八十パーセント、酸素約十九パーセント。人体に有害なガスは検出されておりません」
「なるほどな……って、ちょっと待てよ」
俺は我知らず声を上げていた。重力と気体組成からするに、この星はほとんど地球と変わりないではないか。上手くすると、テラフォーミングに要する膨大な資金と時間をかけずして、新たな人類の居住地を手に入れたと言えるかもしれない。
「よし、早くホバークラフトを――」
「待て、イサム。エリン、さっきのタール状のドロドロの正体は分かるか?」
「全く見当がつきません。純粋に、地表の物体を飲み込む何か、としか申し上げられません」
「了解。総員、警戒を怠るなよ。そのための第一種装備だからな」
この期に及んで、俺は胸騒ぎの原因を突き止めた。いくら軍属とはいえ、年頃の女の子たちが銃器を扱うことに、大きな懸念と違和感を抱いていたのだ。
そう自覚した瞬間、真っ先に頭に浮かんだのはユメハのことだった。
彼女は幼少期から軍属として扱われてきたという。だが、あんな笑顔を浮かべられる少女が、軽々と武器を扱い、易々と人を殺めることに、凄まじいギャップを覚えたのは確かだ。
「な、なあ、バリー? もう一機、偵察機を降ろして様子を見ようぜ? あのドロドロ、正体不明なんだろ?」
「だからこそ、我々が実地調査をしなければならないんだ」
「ならせめて、俺たち二人だけにしようぜ!」
「何故だ? 逆だろう。メイド諸君の戦力があれば、あのタール状のドロドロを撃退できるかもしれない。メーサー砲の一斉射でな」
「それなら、もう少し様子を見たらどうだ? 俺たちがいるのは未知の宙域なんだ。多少慎重になりすぎて時間を使ったって、誰かに文句を言われる筋合いじゃねえよ。急がば回れ、って言うだろう?」
すると、軽く鼻を鳴らしてバリーは向き直った。どうやら俺の意見は、一考に値するものだったらしい。
しばし間を置いてバリーは立ち上がり、俺たちの方に振り返った。
「作戦を変更する。先ほどのイサム少尉の意見を取り入れ、今から二十四時間、この惑星の観察を各員の主任務とする。二人一組体勢で、八時間交代だ。イサム、今の内容と、必要な資材の選別をリュンに頼んでくれるか?」
「は、はッ、了解」
「ではまず、あー、誰でもいいんだが……観察任務にあたりたい者は?」
「あっ、はい! はーい!」
俺は慌てて引き返し、勢いよく手を上げた。あのタールが何者なのか、自分の目で確かめたい。
「何だよイサム、大人げないな。まあいいか。で、もう一人は――」
とクリスが言いかけた時、すっともう一本腕が伸びた。
「エリン? 大丈夫なのか? お前は休んでから、次にでも――」
「大丈夫」
エリンのその一言には、妙な説得力があった。それをつぶらな瞳が強調している。
「了解した。では、先ほどの内容は私からリュンに伝えておく。イサム、エリン、よろしく頼むぞ。では、解散」
ブリッジに詰めていた六人のうち、ユメハ、フィーネ、キュリアンが退室する。
バリーも立ち上がった。そのままドックへ向かうのかと思いきや、
「ぶわああああああああん!」
「どわっ⁉」
俺に抱き着いてきた。というより、もたれ掛かってきた。
「なっ、何だよバリー! 俺には観測任務があるんだから――」
「艦長って疲れるよおおおおおおお!」
「は、はぁ?」
「だ、だってさ、イサム、あんなに艦長っぽいことを長々と喋ったのって、すごく久々だろ? いやあ、緊張したあぁあ……」
「あー、はいはい。ご苦労さんでござんした」
「それが上官に対する態度か⁉」
「これは失礼致しました、艦長殿」
「ぶわっ! 艦長って言うな!」
「だったら何て呼ぶんだよ」
俺とバリーの付き合いは二年程度だが、毎回こんな調子である。もしかしたら、制帽を被っている間は艦長モード、外している間は女好きモード(というより素)なのかもしれない。
全く、士官学校時代から面識があったのだから、相方である俺の素っ気なさにも慣れてくれ。俺は精神科医でもカウンセラーでもないからな。
「で、どうするんだ、バリー? 代わりにリュンのところに行ってくれるのか?」
「ああ、そうする……」
そう言ってだらん、と両腕をぶら提げながら、バリーは部屋を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます