第12話【第三章】

【第三章】


 バリーの呼び出しに、俺は足早にブリッジに向かった。ドアがスライドすると、ちょうどそこにはフランキー大佐の立体映像が映っていた。メイドたちの姿はない。


《おお、来たか! イサムくん。君たちに伝えておきたいことがある。二点だ》

「はッ」


 俺は踵を合わせ、ピシッと敬礼した。


《うむ。一点目は、先ほど君たちの艦、スペース・ジェニシスを襲ったのは、この宙域を縄張りにしている宇宙海賊の一派だ。保安部に問い合わせたところ、このあたりは海賊同士の勢力争いが激しいそうでな。データ集積室を狙ったのも、他勢力の情報を君たちから奪うつもりだったからだろう》

「確かに、最新のデータが蓄積されていますからね、この艦には」

《その通り。それともう一点目だが、古い外宇宙探査機から偶然電波を受信してな。ちょうど君たちの艦の近くに、未調査の惑星があるとのことだ。詳細は不明だが、もしかしたら資源衛星として利用価値があるかもしれん。ゆえに、その惑星の調査を命じる。座標はすぐに送るから、頼むぞ》

「了解しました」


 すると、大佐は満足げに頷いて、ヴン、と音を立てて消え去った。すぐに周辺宙域の立体画像が表示される。


「この速度で行けば、ざっと丸一日かかるな。ちょうどいい休息になる」

「ああ、そうだなイサム。と、言いたいところなんだが……」

「ん? どうした、バリー? もぞもぞしやがって、らしくねえぞ」


 俺が軽く小突くと、バリーは拳銃を取り出した。


「うわっ⁉」

「馬鹿、お前を撃ちやしないよ。だが、気づいたことがある。これを見てくれ」


 弾倉を抜き、初弾が装填されていないことを確認するクリス。それから把手をこちらに向けて、俺に握らせた。そこをよく見ると、


「ん……?」

「分かるだろ、イサム。上手くかき消してあるようだが、これは連邦宇宙軍の装備に彫られているマークだ」

「だけど、俺たちが使ってる拳銃より古いモデルだぞ? お前、これをどこで?」

「さっき侵入を試みた敵の懐から取ってきた。どう思う、イサム」

「ど、どうって……」


 俺は片手で後頭部を掻いた。そして、はっとした。


「もしかして、あの襲撃は連邦宇宙軍による自作自演だ、って言いたいのか?」

「ビンゴ」


 そういって、俺の手から拳銃を掴み取るクリス。


「でもこの銃、もしかしたら、連中が以前襲った軍の艦からかっぱらったやつかもしれないだろ? 自作自演だなんて……」

「僕だってそう思いたくはないさ。だが警戒するに越したことはない。フランキー大佐がどこまでご存じかは分からんが、今はこの事実を隠して注意した方がいい」

「……分かった」


 すると、バリーは拳銃を仕舞ってニッと笑いかけてきた。


「さ~て、しみったれた話はここまでだ! イサム、腹は減ってるか?」

「え?」


 突然訊かれて困ったが、腹の虫は正直だった。きゅるるるる、と情けない音がする。


「キュリアンとエリンが腕を振るってくれるそうだ。行こうぜ」

「あ、ああ」


 俺はバリーに背中を押されながら、廊下へと滑り出た。


         ※


 一時間後。

 俺たちはげっそりとした顔つきで、ダイニングテーブルに置かれた料理の皿を眺めていた。いや、これは『料理』といえる代物だろうか?

 調理を担当したのは、キュリアンとエリン。俺とバリー、それにユメハとフィーネは食べる役だったのだが、まさかその役が一番悲惨な事態に陥る食事会があるとは、思いもしなかった。


「そうそう、皆様ゆっくり味わった方がいいですわ! その方が漢方の効き目が強くなって、健康的ですもの!」


 そう言うキュリアンの横で、エリンがうんうんと頷いている。平然とした態度で食べているのはこの二人だけだ。

 ちなみに、リュンは既に経口補給栄養剤で食事を済ませていた。上手く逃げ出す口実を作りやがって。


「あー、キュリアン? ゆっくり食べるのがいいんだったら、この料理は保存しておかないか? すまないが、今は食欲がないんだ」


 気を利かせたバリーの言葉に、俺たちは胸中で賛辞の言葉を贈った。しかし、


「あら、食欲がございませんの? でしたら猶更召し上がっていただきませんと! 食欲増進効果のある薬草を使って作ったんですのよ、この味噌汁」

「青白く光ってる味噌汁なんてあるわけねえだろうが!」


 俺は容赦なく指摘した。

 紫色のサラダ、具が白くてご飯が赤い海鮮丼、七色に輝く豚カツ。


「一体何をどうすればこんな料理ができるんだよ⁉」

「まあイサム様、そんなお褒めにならないでくださいまし」

「褒めてねえ!」


 すると、テーブルを挟んだ向こうの席で、フィーネがぐったりしていた。

 まさか、漢方薬と毒薬を勘違いして振りかけたのではあるまいな。

 俺がそう指摘すると、キュリアンは『良薬は口に苦し、ですわ!』と言って胸を張った。


 いやいや、たとえそれが良薬でも、食べる時に過度なストレスを与えるなら、結局逆効果ではないのか?


 すると、キュリアンは席を立ち、バリーの背後から彼の首に腕を回した。


「ねえバリー様、あなたならイサム様のような無粋なことは仰いませんですわよね? これはれっきとした健康食ですのよ?」


 何とも甘ったるい声を出しながら、バリーの頬を撫でるキュリアン。

 するとあろうことか、バリーは呆気なく掌を返した。


「そ、そうだな! これから長期にわたる任務にもなりかねないし、今のうちに皆で健康になっておくか! 艦長命令だぞ!」


 この時ほど、バリーをぶん殴ってやりたくなったことはない。


         ※


 結局、皆でなんとかテーブルの上の料理(仮称)を片づけた。胃袋はひっくり返りそうだし、喉の奥はヒリヒリするし、舌は麻痺してまともに喋れなかったけれど。

 無論、キュリアンとエリンは何の不調も訴えていない。


 俺たち食べる役だった者共は洗面台に直行し、うがいを繰り返すことで、辛うじて発話機能を取り戻した。


「それでバリー様、イサム様、これから先はどうなさるおつもりなのかにゃ?」

「おお、そうだな。説明しないと。皆、これを見てくれ」


 バリーはリストバンド状の端末を操作し、先ほどフランキー大佐がくれた座標データを呼びだした。これまた立体画像である。


「現在本艦は、この惑星を目指して航行中だ。未知の星だな。今晩のうちに、無人の先行偵察機を発射して、この星のデータを取れるだけ取る。そして明日の昼食後に、我々が着陸し、実地調査に移る。何が潜んでいるか分からないから、携行用メーサー銃の使用を許可する。威力が高いから、注意して扱うように」


 俺たちは声を合わせて『了解』と告げた。


「バリー、俺の端末にもそのデータをもらえるか? リュンにも見せておかないとな」

「ああ、そういうことか。了解だ」


 バリーがすっと、指先で画像をなぞるように弾くと、すぐにデータ受信の効果音が俺のリストバンドから響いた。


「サンキュ、クリス」

「それはいいが、今は命令系統を活かして活動している。僕がお前の上官だということを忘れるなよ」

「へいへい」


         ※


「リュン、ちょっといいか?」


 ドックに移った俺は、手でメガホンを作って声を張り上げた。


「あぁん? どうしたってんだよ、こちとら作業中だぞ」


 いかにも不機嫌そうなリュンの声音。だが、俺はその声に、不思議な安堵感を覚えていた。

 きっと『リュンはこういう奴である』という認識が固まっていて、それに沿った言動をリュンが取ってくれたからだろう。


「次の目的地だ。お前にも見ておいてもらいたいんだが」


 すると、ジリジリという金属溶接の音が止んだ。そして、ジェット・ブラスターの背後から勢いよくリュンが飛び出してきた。ダンッ、と勢いのある着地音がする。


「で、どこなんだ、目的地ってのは?」

「これだ」


 俺は端末を操作し、目的地である惑星を赤く発光させた。

 しかし、リュンの態度は素っ気ない。


「あっそ」

「おいおい、自分から訊いておいて『あっそ』はねえだろう?」

「イサム、お前があたいに見るようにって言ってきたんじゃねえか。生憎と、あたいにはスタンドプレーが性に合ってる。嫌うなら嫌ってくれ」

「いや、そんな……」


 随分と寂しいことを言う奴だ、というのが俺の感想だ。だが、俺はリュンの上官とは言えない。それにわざわざバリーを連れてきて『命令系統に従え』と言ったところで、リュンの態度が改まるとは到底思えない。


 しかし、命令はバリー直々にリュンに伝達された。ドック内のスピーカーが鳴り響く。


《こちらクリス。リュン、もうイサムから次の目標地点は聞いてるな? その座標に、先行偵察機を射出する。準備してくれ》


 すると、リュンは誰にともなく『あいよ』と言って、俺に背を向け機材置き場の方へ向かっていった。

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