第8話

 俺は宇宙服を装着したまま、ドックへ下り立った。と言っても、まだ人工重力の発生は行われておらず、全身をふわふわ漂わせている。


「よっ、と……」


 壁や床、天井を蹴って、ドックと居住スペースを区切るシャッターへと向かう。宇宙服が動きやすいタイプで本当に助かった。


 などと思ったのも束の間。

 シャッターが開いた瞬間、凄まじい発砲音が響き渡った。


「どわあぁああぁ⁉」


 死ぬ! このままじゃ死ぬ! 俺は慌ててその場にしゃがみ込んだ。シャッターのこちら側が人工重力地帯で助かった。そうでなければ、俺は空中で丸くなったまま蜂の巣にされていただろう。


「イサム! 馬鹿かお前は! 流れ弾に気をつけろと言っただろうが!」

「その声、バリーか⁉」

「ああ、そうだよ。ちょうど今の一斉射で、このブロックの敵は殲滅した。次のブロックに向かうぞ!」

「了解!」

「了解だにゃ!」

「ちょ、ユメハにフィーネまで……!」


 取り敢えず、俺は三人の後を追いかけた。

 ふと横を見ると、銃撃で倒されたと敵の遺体が目に入った。ヘルメットはだいぶ弾丸を弾いてくれたようだが、宇宙服そのものはそうはいかなかったらしい。

 腹部と胸部から出血しているが、それを塞ぐはずの手はもう動かない。


 このブロックに、遺体は三つ。ということは、まだ十人以上の敵が艦内にいることになる。俺は自分の顔から、さあっ、と血の気が引くのを感じた。


 いや、何を言っているんだ、イサム・ウェーバー。軍事訓練ならちゃんと受けてきたじゃないか。皆が戦っているんだから、俺だけ逃げ出すわけには――あれ?

 皆? もしかして、いや、もしかしなくとも、メイドたちも戦闘に加わっている。

 今度は逆に、俺は顔が真っ赤になる感覚に囚われた。


「あんな女の子たちに、銃を取らせているのか!」


 許せない。あんなに無垢な笑顔を見せていた彼女たちに人を殺めさせるなんて。

 これ以上、ユメハたちに殺人を犯させるわけにはいかない。最早手遅れかもしれないが、せめて真っ当な軍人である俺やバリーが敵を仕留めるべきだ。

 だが、そんな悠長なことを言っていられる場合だろうか?


 俺は自動小銃を担ぎなおし、バリーたちの後を追った。


         ※


 銃撃音がする方へ向かって、匍匐前進を織り交ぜながらじりじり進む。おっと、次の角を曲がると戦場だ。マズルフラッシュが瞬いている。

 味方のいる方を見定め、俺は角を曲がった。すぐにバリーの背中が目に入る。

 俺は銃撃の合間を縫って、『味方だ!』と叫びながらバリーの肩を叩いた。


「イサム、遅いぞ!」

「流れ弾に注意しろ、って言ったのはお前だろうが! 状況は?」

「敵は二手に分かれた! ブリッジに向かってる主力の方は、今僕たちが足止めしてる! もう一方は、周辺宙域のデータ集積室に向かったようだ!」


 跳弾に気をつけつつ、俺も即席のバリケードから自動小銃を突き出す。

 敵の練度は高くはないようだ。だが、こちらも満足な武装ができているわけではない。


「弾切れだ! そっちはどうだ、ユメハ!」

「こちらももうじき、残弾が尽きます!」

「こっちは弾倉残り一つだにゃ!」

「くそっ、これじゃあ攻め込まれるぞ!」


 一気に形勢が逆転させられてしまう。俺が足首をまさぐり、小振りのナイフを取り出そうとした、その時だった。


 ドシャッ、と嫌な音がした。ゆっくりバリケードから顔を覗かせると、引っ込んでいた敵の一人が真横に吹っ飛ばされるところだった。首があらぬ方向に折れ曲がっている。


「皆、撃ち方待て!」


 バリーが叫ぶ。彼と視線の先を合わせると、そこにはツナギ姿の長身の少女が立っていた。整備用ブーツがキュッと音を立てる。どうやら、彼女は敵に回し蹴りを見舞ったらしい。


「リュン、よく来てくれたにゃ!」

「銃撃は危険です、私も格闘戦に移行します! フィーネ、あなたはキュリアンとエリンが守ってるデータ集積室の方へ! よろしいですか、艦長!」


 バリーはユメハに頷いてみせてから、俺に向き直った。

 

「ここが片づいたら、僕たちもそっちへ向かうぞ! ひとまず、接敵するユメハとフィーネを援護する! リュンに当てるなよ!」

「了解だ!」


 復唱した俺はユメハとフィーネの方を見て、銃声に負けないように声を上げた。


「スリーカウントで飛び出してくれ。それまで俺とバリーで、弾切れまで援護するからな!」


 そう言って、二人が頷くのを確認した。

 だが、この場における勝負は大方決していた。リュンが長い手足を駆使し、この狭い廊下をどんどん制圧していたのだ。


 俺たちが銃撃する際はしゃがみ込み、リロードする隙に敵に蹴りかかる。

 最初に出会った時、人工重力場にいるにもかかわらず、驚異的な跳躍力を見せたリュン。

 だが、まさかその脚部がそのまま凶器になるとは。


 彼女が敵でなかったことに感謝し、俺は一度深呼吸した。それから、バリーと並んで銃撃を再開。ありったけの弾丸を叩き込む。

 流石に敵もこちらのパターンが読めてきたのか、被弾はしなかった。が、横合いからリュンに牽制される。


「三、二、一!」


 クリスの声に合わせて、ユメハとフィーネは飛び出した。

 アクション映画の早回し編集でもしたかのように、二人は急速に敵との距離を縮めていく。


 たたたたっ、と驚異的な歩幅で向かっていった二人は、銃撃をことごとく躱しきり、まずはユメハが敵に殴りかかった。って、あれじゃ駄目だ。ヘルメットを狙ってぶん殴っても、拳の方が砕けてしまう――。


 そう思った俺が甘かった。


「え?」


 俺は我が目を疑った。敵のヘルメットが、見事に凹んだのだ。

 その隣では、速度を活かしてミドルキックを繰り出すフィーネの姿がある。その破壊力は半端ではない。敵は腰からくの字になって折れ曲がり、そのまま背後の壁にめり込んだ。


 敵が宇宙服を着ていなかったら、このあたりは血の海になっていたかもしれない。

 その光景を想像して、俺は再びゾッとした。仮にも軍人なのだから、そんなことでビビッてはいられないはずなのだけれど。


「リュン、裏通路のK―56からデータ集積室へ! フィーネが向かったから挟み撃ちにして!」

《あいよ!》


 いつの間に装備していたのか、小型のヘッドセットに吹き込むユメハ。いや、これはまさか、カチューシャに内蔵されていたのか。

 リュンは頭部に何も付けていないように見えたが。いや、整備士という職業柄、常に耳の中に小型の通信端末を装備していたとしてもおかしくない。


「だ、だけどユメハ、いいのか? 戦力の大半がデータ集積室に……」

「いいんです、よっ!」


 狭い通路で横合いからしか攻め込めない敵に、勢いよく肘を叩き込むユメハ。その威力に、敵は血を吐きながら後方に吹っ飛ばされた。そのまま二、三人を巻き添えにしながら倒れ込む。


 ユメハは、たんっ、と跳躍し、低い天井に両手をつける。そのまま人工重力と腕の弾性力で、勢いよく自分を跳ね飛ばした。

 跳躍からかかった時間は、一秒未満。そのうちに、両足の裏を敵に叩き込む。ヘルメットが割れる快音と、頭蓋が砕ける不快音が混ざり込む。


「ユメハっ!」


 俺が匍匐前進で角を曲がると、凄まじい勢いで銃声が交錯した。


「お二人は伏せて!」

「くっ!」


 ズダダダダダダダッ、と頭上から薬莢が降ってきた。ユメハが敵の自動小銃を奪ったのだとは想像がつく。だが、一丁ではない。銃声から察するに、二丁同時に発砲しているようだ。


 防弾性を持たせられない宇宙服を相手に、ユメハの手にした自動小銃はとてつもない脅威だった。しかしこんな勢いで撃っていたら――。


「ユメハ、弾が切れるぞ!」

「……」


 聞こえていないのか? 案の定、弾丸はあっという間に尽きた。

 仲間の血に塗れながらも、なんとか反撃を試みる敵。残り四人。そいつらを前に、左腕をぐるん、と回し、ユメハは勢いよく自動小銃を投擲した。先頭の敵が怯み、防御すべく腕を翳す。


 しかし、水平方向に回転のかかった自動小銃は、弾丸以上の威力を発揮した。

 敵の翳した腕を、骨ごとちぎり飛ばしたのだ。そのまま顔面にめり込み、ぶしゅっ、と鮮血を噴出させる。


 その血飛沫を煙幕の代わりにして、ユメハは残る三人に飛び掛かった。両手持ちにした自動小銃を振り上げ、下ろす。たったそれだけの挙動で、確実に人一人の生命が絶たれていく。

 しゃがんで敵の銃撃を回避したユメハは、水平方向に思いっきり自動小銃を振り払った。

 

 ぐしゃっ、とも、めきゃっ、ともつかない、しかし確実にグロテスクな音を立てて、敵は倒れ込んだ。正確には、上半身と下半身がちぎれて、ばらばらと床に落下した。


 その時になって、俺の嗅覚はようやく機能を取り戻した。そして再び麻痺した。


「うっ! げえっ!」


 凄まじい血生臭さ。危うく嘔吐するところだ。


「ご無理なさらないでください、イサム様。このフロアの敵は殲滅しました。私はデータ集積室へ参ります」


 ダッシュしているはずのユメハの背中が、妙にゆっくりと、靄がかかったように見えた。

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