第3話
そんなことを思い返していると、エリンがもぞもぞと身じろぎした。
「おっと、天使のお目覚めかな?」
「さっきから何なんだよ、天使、天使って……」
「まあいいじゃないか、可愛らしいものを崇めて悪い道理はないぜ」
それはそうかもしれないが。
「だけどよバリー、任務に私情を挟むなよ。ただでさえ、詳細不明の作戦なんだ。一体どういうわけだか――」
《やあやあ、スペース・ジェニシス号の諸君!》
唐突に、ディスプレイが光学から立体に切り替わり、見慣れた男性の顔が映った。
俺とクリスは慌てて敬礼し、メイドたちはスカートの裾を握って丁寧なお辞儀をする。
「は、はッ! フランキー大佐!」
《まあそう緊張せんでくれ。誰も君らを取って食いやせんよ》
カッカッカ、と快活に笑う、禿頭の人物。彼の名はゼンゾウ・フランキー。階級は大佐で、外宇宙探索司令官という、軍では珍しい立場で指揮を執っている。年の頃は五十台半ば、といったところか。
バリーは大佐が笑っている隙に、そっとエリンを床に下ろした。
《ところでどうかね? メイドくんたちとは上手くやっていけそうかね?》
「はッ、問題ありません」
いや、大ありだろ。さっき帰還した時、俺がどれだけ出血してきたと思ってるんだ。
「しかし大佐、分かりません。今回の任務にあたり、どうして彼女たちを乗船させたのですか? 今までは自分と、イサム少尉の二人だけで任務にあたってきましたが……」
《いや、彼女たちの存在を知らせずに任務に出向かせてしまったことは、申し訳なく思っている。ただ今回の任務は、君たちにとってはルーティンワークのようなものだ。だから新しい経験をしてもらいたくて、彼女たちを乗船させたんだ。メイドたちとの協力関係が互いにどんな刺激を与えるのか、それを調査したい。君たちには、被験者第一号になってもらおうと考えたのだよ》
「左様ですか」
いや、納得するなよ、バリー。まあ階級上、頭の上がらない相手ではあるけれども。
《取り敢えず、君たちからすれば慣れた任務だ。彼女たちと共に、無事帰還してくれ。以上! 健闘を祈る!》
そう言い終えるや否や、立体ディスプレイは消え去り、元の星空の光景に戻った。
「なんか俺たち、面倒なことに巻き込まれてないか?」
「おいおい、言うなよイサム。有難いじゃないか。宇宙食とはいえ、上手い飯を作ってもらえるんだ。掃除洗濯はやってもらえるし、何より目の保養になる。いいことづくめだろう?」
俺はさっきの流血沙汰が頭から離れず、口元を歪めるに留めた。
やれやれ。そう思っていると、思いがけない言葉が飛んできた。
「あの、私たちがいると、ご迷惑でしょうか?」
「え?」
間抜けな声と共に振り返ると、そこにはユメハが俯きがちに立っていた。
「お、おい、どうしたんだよ、突然?」
「いえ……。イサム様が『面倒なこと』と仰いましたので」
「あっ」
俺は片手で自分の口を押さえた。
「馬鹿! カワイ子ちゃんに心配をかけるなよ!」
「黙れバリー! あー、ユ、ユメハ? め、迷惑なんかじゃないんだ。さっきのはただ、その……。い、いつもの任務と違う、ってことが面倒だと思っただけで、君らのことを不快に思ってるわけじゃないんだ!」
するとユメハは目を見開き、ぱちぱちと瞬きをして、『左様ですか』とだけ答えた。納得しきれたとは言えない表情だが。
そういえば、宇宙服から船内服へと着替えるのを忘れていた。
俺は着替えてくる旨を告げようとバリーに向き直ろうとした、その時、くいくいと宇宙服の袖の部分を引かれた。
「ん?」
そこには、先ほどまでクリスに抱っこされていた最年少のメイド、エリンがいた。背丈は俺の胸くらいまでしかない。俺はじっ、と彼女と見つめ合った。
「あなた、なあに?」
「え?」
突然問いを投げられて、俺は相手の意図を察しかねた。
銀色の長髪に、鳶色の瞳。美形なのは他のメイドたちと変わらないが、ややふっくらとしている印象を受ける。やはり少女というより幼女だな。
「あなた、なあに?」
再び質されて、俺は返答に困った。するとすぐにユメハが駆け寄ってきた。
「ちょっとエリン! 失礼よ、こちらはイサム・ウェーバー様!」
「いさむ?」
「そう! でも呼び捨てはいけません!」
「じゃあ、イサム様はなあに? 味方?」
突然敵か味方かと訊かれてもなあ。
「味方に決まってるだろう? だいたい敵って何だよ、敵って」
「イサム、敵じゃないなら、いい」
「だからエリン、ご主人様を呼び捨てにするんじゃありません!」
姉か母かといった風情を漂わせつつ、ユメハはエリンに注意を飛ばす。
俺が肩を竦めた、ちょうどその時だった。非常警報が鳴り響いたのは。
「何事だ!」
顔つきを艦長のそれに直しながら、制帽を被るクリス。
俺もはっとしたが、よく聞いてみればこれは第三次警戒警報だ。一分一秒を争う事態ではない。
俺が驚いたのは、非常警報によってではない。メイドたちが、勢いよくブリッジの壁際に並んだコンソールに取りついたのが理由だ。そして、彼女たちは勢いよく現状報告を開始した。
「前方約一万二千キロの宙域に、大型岩石! 直径約五百メートル!」
「相対速度、秒速約二十キロ! 接触まであと約十分!」
ユメハとフィーネが、次々に報告を上げる。突然切り替わった彼女たちの雰囲気、その鋭さに、俺はごくりと唾を飲む。
《おい、警報鳴ってるぞ! ブリッジの情報、こっちにも回せ!》
耳朶を打ったのはリュンの声だ。
先ほどとは違い、冷静にユメハが落ち着いた声音で繰り返す。
それを聞いたリュンから、一つの提案がなされた。
《目標はまだ遠いが、割とでけぇな。主砲をぶち込んで内側から消し飛ばすってのはどうだ?》
「私もそれでいいと思います」
「あたしもにゃ」
フィーネが語尾に『にゃ』を付けるのはデフォルトなのか。
って、それはどうでもよくて。
「これから小惑星の迎撃シークエンスを開始します! よろしいですか、艦長?」
「あ、ああ! それでやってくれ!」
「了解!」
ユメハの言葉に答えるバリー。一見メイドたちに振り回されているように見えるが、彼自身もまた同じ結論に至っていただろう。
艦長席に腰を下ろしたクリスは、制帽のつばを摘まんで軽く左右にずらし、ぴったりと正面で止めた。
「ブリッジより各員へ。これより、大口径メーサー砲による小惑星破壊作戦を決行する! 微速後退しつつ、直ちにエネルギーの充填作業に入れ!」
こうなっては、艦載機のパイロットである俺は役に立たない。素直に艦長席の隣、副長席に腰を下ろす。
「では、わたくしは念のために医務室に参ります。よろしくて、艦長?」
「頼む」
「了解」
キュリアンの背中を目で追いつつ、艦内スピーカーからのリュンの声に耳を澄ます。
《こちら火器管制室! エネルギー充填八十パーセント! いつでも撃てるぞ!》
ゴゥン、と地響きにも似た振動が、足元からせり上がってくる。
「対物遠距離レーダー、目標座標を確定」
舌っ足らずながらも、エリンもまた報告する。
「了解。カウントダウンを開始、発射十秒前!」
メインディスプレイ及び各コンソールに、発射までの秒数が表示される。何度経験しても、こればっかりは慣れないものだ。断頭台でギロチンが落ちてくるのを待っているような気分になる。いや、そんな経験はないのだが。
「五、四、三、二、一、てぇーーーーーーーッ‼」
バリーの絶叫。直後、眩い光がディスプレイを埋め尽くした。俺は思わず手を翳し、メインディスプレイから顔を逸らした。
発射に伴う反動と、微速後退したことによる減速の勢いが打ち重なり合い、ガタガタとブリッジ全体を揺さぶる。
直後、光学映像が消え去り、立体画像が表示された。小惑星らしき球形の物体に白い線、すなわちメーサー砲が突き刺さっている。そしてそれは、まさに小惑星を貫通しようとしていた。
《火器管制室よりブリッジ! 現在目標は、シミュレーション通りに破砕されている! メーサー砲の照射終了まで、五、四、三、二、一!》
すると、グゥン、と重機が停止するような音と共に、一瞬ブリッジの照明が点滅した。
「対物レーダーの画像を回してくれ」
「了解」
クリスの言葉に応じるユメハ。
「メーサー砲の余波で、対物レーダーが一時的に沈黙しています。復旧まで約七秒」
俺は息をするのも忘れて、レーダーが何を捉えているのかを確かめようとした。いや、一パイロットに過ぎない俺に、できることなど何もないのだが。
「対物レーダー復旧! 目標、完全に融解しました!」
おおっ、という小さなざわめきが、ブリッジに広がった。どうやら作戦は成功だ。
「よし、状況終了。慣性航行に移行して、既定のルートを辿る。皆、ご苦労だった」
俺は我知らず、細長い溜息をついていた。だが、こんな狭苦しいブリッジでおとなしくしているくらいなら、自分がジェット・ブラスターで迎撃に出た方がまだマシなような気がする。
閉所恐怖症のきらいがあるのかもしれないな。だからパイロットとして飛ぶことを学んだのだろう。
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