第100話 元側近
ベイルの街に到着すると、すぐに領主邸へと向かう。
街の中でも一番大きいその建物はすぐに分かった。
門の前を警備している兵士に話しかける。
「国王陛下からの紹介で参りました、ヴィム・アーベルと申します。ベイル伯爵にお会いしたい」
ヴィムは懐からSランクを示す冒険者カードを取り出し、提示した。
「少々お待ちください」
兵士にそう言われてしばらく待つ。
数分経った頃に、屋敷の中から燕尾服を着た初老の男が出てきた。
「ヴィム様とお連れ様ですね。伯爵がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
執事の案内で屋敷の中に通される。
「こちらでもう少々お待ちください」
応接間に案内され、ソファーに腰を下ろしてしばらく待って居た。
そして、十分ほどで再び応接間の扉が開かれた。
「お待たせしました。グレイン・ベイルです。伯爵位を頂戴しております」
「初めまして。ヴィム・アーベルです」
ヴィムとベイルは握手を交わす。
ベイルは40代といったところだろうか。
当主にしてはまだ若いし、一線を退くにはまだ早い年齢だろう。
「これが、気になりますか?」
ベイル伯爵がヴィムの視線に気づいたのか、口にした。
「すみません」
伯爵の右目の付近には大きな傷跡があった。
「いいえ、構いませんよ。初めて見た方は驚かれるので」
「魔獣ですか?」
ヴィムは以前、魔獣に襲われた人間に似たような傷があるのを覚えて居た。
「いえ、これは少し前の戦で流れ矢が当たってしまいまして。それ以来、右目がよく見えなくなってしまいました」
ベイル伯爵は傷に触れて言った。
「そう、だったんですね。すみません、不躾なことをお伺いしました」
「畏まらなくて大丈夫ですよ。この目ですからもう陛下の側近としての仕事はできなくなりましたので、今はこうして領地の運営に専念できています」
その年で陛下の側近だったのだから、相当優秀な男だったのだろう。
陛下がいつだったか、嘆いていたことがあった。
「陛下からあなたのことは聞いていますよ。深淵の魔術師、相当おもしろい男だと」
「私は、そんな面白くないですよ」
「どうですかね。そこに居るのは光の精霊王でしょう?」
ベイル伯爵がディアナに視線を移した。
「わかるんですね」
「ええ、明かに人間ではないオーラを放っている。魔力というよりは霊力に近い。でも、ただの精霊ではない」
「確かに、彼女は光の精霊王のディアナ。私の契約精霊です」
「精霊王と契約するほどの方が面白くないというのは、謙遜がすぎるのでは?」
そう言ってニヤッと笑う。
「我を見抜いた人間は久しぶりだの」
ディアナは嬉しそうだった。
見た目は完全に人間なので、外見では精霊と見抜くことは難しい。
しかし、精霊なので生命力そのものが人間とは違う。
精霊は魔力ではなく、霊力をで生命を維持している。
ヴィムは魔法を使う時に精霊の力を利用する。
これは、精霊術に近い技術である。
そのため、ヴィムの魔力はディアナにとって心地良いらしい。
「それに、あなたがここに来たということは国境ラインに現れた魔獣の大群はもう倒してしまったのでしょう?」
「それも分かっていたんですね」
「ええ、陛下に魔獣の大群を現れたこと伝えたのは私です。王都の上級冒険者たちは南に出現したのワイバーンの討伐に、第一から第三騎士団は東の国境の防衛に駆り出される。となれば、動ける上級冒険者は深淵の魔術師とその仲間たちとなります」
さすがは国王陛下がそばに置いていた男である。
この王都からかなり離れた地にいながら、王都や国の状況を正確に把握している。
「その通りです。魔獣の大群は私たちで一掃しておきました。そのご報告を兼ねてこちらに伺いました」
「ありがとうございます。あのままでしたら、ここも大変な被害を被るところでした。私からも陛下に書簡を書きますね」
「いえ、仕事ですから。でかい魔法を何発も撃ってますので、多少地形が変わってしまっていると思います」
「わかりました。その辺の後始末はこちらでやっておきます」
「お手数をおかけします。では、我々はこれで失礼します」
今の王都は圧倒的な戦力不足になっている。
ヴィムが長いこと王都を離れるわけにはいかない。
Sランクの冒険者がいるというだけでも抑止力にはなるのである。
「はい、お気をつけてお帰りください」
ベイル伯爵の屋敷を出ると、人目につかない所で来たとき同様に、空間魔法を添加して王都にあるヴィムの屋敷に繋いだ。
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