第93話 光の精霊王

 翌朝、普段より少し遅い時間に目が覚める。

やはり、慣れたベッドが一番よく寝れると思う。


 今日からしばらくは何の予定も入っていない。

今回の報酬があれば当分は何もしなくても生活できる。


 そもそも、Sランク冒険者に入る依頼というのは難易度が高い為、報酬も高額になることが多いのだ。


「みんなおはよう」


 リビングに降りると、ミサとハナは既に起きていた。


「おはようございます」

「二人とも早いね……」


 まだ眠い目を擦りながら言った。

流石に、これ以上寝たら人間としてだめな気がして起きてきたのである。


「もう、お昼ですよ。まあ、お疲れなのはわかりますけど」

「うん、そうだよね」


 ヴィムはそのままソファーに腰を下ろす。


「しばらく、何も予定ないけど、二人は何かやるの?」

「特にないんですよ。今、ハナさんと相談していた所で」

「そうか。まあ、たまには女の子同士で羽を伸ばすといいよ」

「ヴィムさんはどこも行かないんですか?」

「うん、その予定。ちょっとやりたい事もあるしね」


 ヴィムはこの休みの期間を利用して少しやりたいことがあったのだ。


「ヴィムさんもたまにはちゃんと休んでくださいね」

「ありがとうね」


 食事を済ますと、ヴィムはやりたい事の為に書斎に向かうべく立ち上がる。

その時だった。


『我が声に応えよ』


 何故か懐かしいと感じたその声は、美しい女性の声だ。

それは、ミサの声でもハナの声でも、アーリアの声でも無い別人の声だった。


「誰だ?」


 リビングの中央で声を上げる。

そんなヴィムの様子にミサとハナは不思議そうな表情を浮かべる。


 この声はヴィムにしか聞こえていないらしい。


『我が声に応えよ』


 再び同じ声が聞こえる。

その声に導かれるように、ヴィムは屋敷の外に出る。


「応えてやる。姿を見せろ」


 庭に出たヴィムは空に向かって声を上げる。


『やはり、我の声が聞こえるか』

「ああ、はっきり聞こえるぞ」


 そんな様子をハナとミサが遠くから見守っている。

側から見たら一人で話している変な人間だろう。


『よかろう』


 強く白い光が周囲を襲う。

その光に思わず目を手で覆う。


 次の目を開けた時、そこには一人の女性が立っていた。

可愛いというより、美しいと形容するのが正しいだろう。


 腰より長い美しい金髪に真っ白な肌。

鼻筋が通った誰が見ても美しいと答えるような女性がそこには居た。


「あなたは一体、誰なんだ?」


 ヴィムでさえも、息をするのを忘れてしまうほどのオーラが彼女からは出ている。


「私は、光の精霊王ディアナ。ヴィム・アーベル、お主を新たな主人として認めに来た」

「光の、精霊王……」


 聞いたことがある。

光の全てを司る精霊、ディアナの名前は有名である。


 この世界の魔法は精霊の力を借りて展開するものが多い。

その代表格が炎、風、水、光、闇である。


 光の精霊はその中でも格式が高いと言われている。

今、目の前にいるのがディアナだとしたら、それはもうとんでもない事実である。


「そうだ。私が、光の全てを司る精霊王、ディアナだ」


 美しい声でディアナが言う。


「ヴィムよ、我と契約しないだろうか?」

「本気か?」

「ああ、そのつもりでここまで来たのだ」


 精霊と契約をすることで精霊の力をそのまま使う、精霊使いという職は存在する。

しかし、どんなに優れた精霊使いだとしても契約できるのは上級精霊までだと聞く。

精霊王ともなれば、上級精霊よりも更に上の存在である。


「なぜ、俺と契約を?」

「そなた、セラフィックゲートを使っただろう?」

「ああ、使ったな」


 セラフィックゲート、光魔法の最上級魔法である。

魔人との戦闘の中でヴィムはセラフィックゲートを使った。


「あれを使える者を見たのは、実に120年ぶりだった。面白い男が現れたもんだと思ったよ」


 精霊というのは非常に長生きをする種族である。

ディアナの場合だと、軽く2000年以上は生きているだろう。


「それで、俺と契約を?」

「ああ、我の前の主人もセラフィックゲートを使えてな。懐かしい気持ちになったんだよ」


 ディアナと契約する条件がセラフィックゲートを使えるという事なんだろう。

精霊というのは、契約する人間を選ぶ。

それが、精霊王ともなれば、契約の条件も厳しいのだろう。


 そして、精霊は契約主を見つけてこそ最大の力を発揮することができるのだ。


「ディアナはこの120年、誰とも契約していないのか?」

「ああ、我と契約するのに相応しい精霊使いは現れなかったからな。ずっとこの世界を彷徨っていた」

「俺は、精霊使いじゃなくて魔術師だが?」

「それも知っている。セラフィックゲートは精霊術より魔術の領域だからの」

「俺が君と契約したらどうなる?」

「そりゃ、この世界の全ての光精霊がそなたのものになるな」


 精霊王は精霊の頂点に立つ存在。

その精霊王と契約した人間は光の精霊の力が全て使えるようになるのだ。


「分かった。俺と契約してくれ」

「よく言ってくれた。契約の証じゃ。ここに口づけを」


 そういうと、ディアナは片膝を付いて右手を差し出した。

ディアナの右手の甲にヴィムがキスすると、お互いの右手が光り、模様が現れた。


「契約完了じゃ。我がマスター」


 そう言ってディアナは120年ぶりの主人誕生を喜ぶように笑った。

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