第62話 誰のために生きるか

 翌朝、昼前に目が覚めた。

ヴィムにとってはこれがいつもの時間である。

何も午前中に予定がない時は大体この時間に起きる。


「おはようございます」

「ん、おはよう」


 部屋を出るとミサの姿があった。

今日も騎士服姿で剣を帯刀している。

美しい金髪が横に揺れるとふわりといい香りが漂ってくる。

騎士とはいえ、一人の女の子なのだと思う。


「今日は王宮に行くんですか?」

「うん、なんか陛下から話があるらしいから」

「お供しましょうか?」

「いや、ミサは休んでいてくれ。帝国から来たばっかりだろ」


 帝国からレオリアまではそれなりに距離がある。

疲れもそれなりに溜まっていることだろう。


「お気遣いありがとうございます」

「いや、気にするな」


 ヴィムはそこから朝食を済ませると、王宮に向かうべく屋敷を後にしようとしていた。


「じゃあ行ってくる。夕方になる前には戻ると思う」

「かしこまりました。お気をつけて」


 アーリアに見送られてヴィムは屋敷を出た。

しばらく歩いてヴィムは王宮へと向かう。


「お疲れさまです!!」


 門番をやっている騎士は勢いよく敬礼する。


 王宮の門番を務めている騎士にはほぼ全員に顔を覚えられてしまった。

よって、顔パスで王宮へ入ることができる。

いや、大丈夫何かよ。


 王宮の入り口まで向かうと、扉が開かれた。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 従者について行くような形で王宮の中を歩く。

相変わらず豪華な廊下だと思う。

流石に慣れてきたが、最初は緊張することだろう。


「こちで少々お待ちください」

「ありがとうございます」


 ヴィムはいつもの応接間に通された。

中央には豪華なソファーと机が置かれている。

ヴィムはソファーに腰を下ろした。


 そこからしばらく天井を見上げて陛下が来るのを待っていた。

数分後、再び応接間の扉が開かれた。


「お待たせしてしまってすまんね」

「いえ、構いません」


 ヴィムはソファーから立ちあがろうとした。


「いや、そのままで構わん」


 その姿を見て、陛下が手で制止した。


「すみません。ありがとうございます」


 ヴィムはソファーに浅く座り直す。


「いつも急にすまんな」

「いえ、大した用はありませんので」


 そう言って、陛下は対面のソファーに腰を下ろした。


「そういえば、ミサさんはそっちに行ったか?」

「やはり、陛下の紹介でしたか」


 陛下は微笑みを浮かべながら言った。


「ああ、ミサさんは私の旧友の娘さんでな。ヴィムという男を知らないかと私に尋ねて来たのでな。ミサさんなら信頼出来ると思って紹介した」


 陛下が信頼出来るというのなら、ミサは大丈夫だろう。

元々心配などはしていないが。


「ミサはうちに住むことになりました。そして、私に冒険者活動も手伝ってくれるということです」

「そうか。それはよかった。彼女は実力も十分だから、きっとヴィムの力になってくれることだろう」

「ありがとうございます」


 確かに近衛騎士をやっていてAランクの冒険者資格を保持しているとなれば、実力はある程度保証されて

いる。


「じゃあ、こっちが今日の本題にはなるんだが」


 陛下が切り出した。


「マルク男爵が孤児院への支援金を横領していることが分かった。君が保護した少女もその煽りを受けたのだろう。本当に申し訳ない」


 陛下は黙って頭を下げた。


「これは私の責任でもある」


 頭を下げたまま陛下が言った。



「とりあえず、頭を上げてください。一国の王が簡単に頭を下げるもんじゃありませんよ」

「ありがとう」


 ヴィムの言葉で陛下は頭を上げた。


「それで、今の孤児院への支援金はどうなっていますか?」

「マルク男爵には横領した分を支払うのはもちろん、それとは別に賠償金を請求することになった。貴族位も剥奪する」


 横領には妥当な罰であろう。

禁錮刑が無いのは陛下の温情だろう。


「まあ、刑罰の方は陛下の判断に委ねます。それで、次の孤児院の支援金を担当者は誰になりましたか?」


 ヴィムとしてはそっちの方が気になるところであった。


「しばらくは宰相と財務官が担当する。落ち着いた時を見計らってメールン侯爵に任せることにする」

「なるほど。あの方なら安心ですね」


 メールン侯爵は元宰相を務めたほどの優秀で、国王からも民からの信頼も熱い人物である。

今は宰相を引退してのんびりやっているらしい。


「ああ。あいつにはまだまだ働いてもらわないとな」


 陛下はニヤッとした笑みを浮かべながら言った。

どうやら、宰相を引退しても自由気ままに生きることはできなそうである。


 しかし、メールン侯爵なら横領するなどということは絶対に無いと言い切れる。


「これでこの国の孤児問題が少しは解決の兆しが見えてきましたかね」

「そうだな。本当に君はいつも誰かを助けることしか考えていないだな」


 陛下は少し含んだように言った。


「私は、いつも誰かに助けられて生きてきました。だから、誰かのために生きなくてはならないんです」

「やっぱり凄いな。君は」


 陛下がヴィムの肩をポンっと叩いた。


「これからも期待しているよ」

「ご期待に添えるように頑張ります。では、私はこの辺で失礼します」


 そう言うと、ヴィムは王宮の応接間を後にした。

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