第30話 王都出発

 外に出ると、馬車が一台停車していた。


「おお、流石だな」


 ジェームズの仕事の速さには頭が下がる。


「道中の御者を務めさせて頂きます、ロルフと申します」


 白シャツにループタイを付けて、黒のジャケットを羽織った男性が綺麗に一礼した。


「ヴィムです。よろしくお願いします」

「ハナと申します」


 ジェームズは御者まで手配してくれたらしい。

安くはないが、今回の報酬を考えたらここまでやってもお釣りがくる。

折角なので、快適に移動するに越したことは無い。


「彼は御者としての腕は確かですので、安心してください」


 後ろに控えていたジェームズが言った。


「経験だけは長いものですから」


 ロルフは白髪混じりの頭から想像するに60代ほどと思われる。


「心強いです」


 ヴィムはロルフと握手を交わした。


「では、お乗りください」


 そう言うと、ヴィムは馬車に乗り込んだ。

そして、ハナの手を取って馬車に乗せた。


「ありがとうございます」


 ハナは少し頬を赤らめて言った。


 ロルフはそのまま御者台の方に回っていた。


「では、行ってらっしゃいませ」

「お気をつけて」


 ジェームズとアーリア、屋敷の人たちに見送られて、馬車はゆっくりと進み始めた。

そのまま馬車は貴族街を抜けて、王都の中央通りに出る。

それなりに豪華な装飾をされているので、目立っていることだろう。


「これより、王都から出ます」


 御者台の方からロルフの声が飛んできた。


 馬車は貴族用の門から王都の外に出た。

どうやら、Sランク冒険者にもなると、貴族用の門が使えるらしい。


 王都を出ると、しばらくは平坦な道が続いていく。

この辺はまだ魔獣などの心配は少ない。


 東の森の最寄りの街には半日もすれば到着することだろう。


「お二人とも、まだこの辺りは安全エリアなので、ゆっくりされていても大丈夫ですよ」


 御者台の方からロルフの声が飛んできた。


「ありがとうございます。そうさせてもらいます」


 ロルフの馬車の運転はジェームズが言っていた通り丁寧なものだった。

まず、揺れが最小限ということ。

これはかなり大きい。

下手な御者が馬車を扱うと揺れが大きくなることが多い。

揺れが大きいのは少なからずストレスになるのだ。


「ハナもまだのんびりしていていいよ」

「分かりました」


 ヴィムはそう言ったが、念のために索敵魔法を展開した。


 魔法を並列展開するのは2つか3つが限界だと言われている。

しかし、ヴィムの場合は12個の魔法を並列展開することが出来る。


 そのため、魔法一つを常時展開することなど造作もない。

これは中々のチート的なものなので他の人に言っても理解してもらえないこともある。


「とりあえず、この辺りは大丈夫そうだな」


 ヴィムは更に魔法の効果範囲を広く設定した。

効果範囲を広くすると、感知の精度が少し落ちるというのが一般的だが、ヴィムの索敵魔法の感知精度は常人の3倍近くある。

それが少し落ちようが、感知精度にはあまり関係しないだろう。


「これは……」


 ヴィムの索敵魔法に複数の魔力生命体と人間の生命反応が引っかかった。

感覚的に、魔獣に人間が囲まれているといった感じだ。


 人間の生命反応が次第に薄くなっていく。

これは急ぐ必要があるかもしれない。


「ロルフさん、急いでください。この先で誰かが襲われています」

「なんと! 承知しました」


 ロルフは馬に鞭を入れる。

すると、馬車のスピードが一気に上がった。


「ハナ、戦闘になる可能性が高い。準備してくれ」

「分かりました!」


 ハナは腰に刺している剣に手を触れた。

これが、ハナにとってヴィムとの始めての実戦になるというわけだ。

実力的には何の問題もない。

ヴィムという化け物のような力持った人間と肩を並べて戦える数少ない一人だろうと思う。


「スピードを優先させます。揺れが大きくなると思いますので、捕まっていてください」


 ロルフはそう言ったが、揺れはそれほど大きくはない。

これがプロの技なのだと実感する。


 馬車はそのままスピードを上げて行き、ヴィムの索敵魔法に引っかかったポイントに近づいて行く。


「ロルフさん、少しスピードを落としてください」

「承知しました」


 ヴィムの指示で馬車のスピードは落とされた。


「よし、行くぞ」

「はい!」


 ヴィムとハナは馬車から飛び降りた。

ここからは歩いて言った方が早い。

それに、ロルフさんを巻き込むのも忍びない。


 しかし、ヴィムの目が正しければロルフさんも相当強い。

一見、細身に見える体だが、きちんと鍛え抜かれているし、体幹が強い。

筋肉の付き方から見て、剣術や体術の類をやっていたのだろう。


 鑑定の魔法を使えば正式な情報が見れるのだろが、それは相手に対して失礼に当たる。


「お二人とも、お気をつけて!」


 御者台からロルフの声が飛んだ。


「はい! ありがとうございます!」


 そんなロルフの声を後ろに、ヴィムとハナは生命反応がある方へと走って行く。

走って数分、ヴィムたちは索敵魔法に引っかかったポイントに到着した。


 そこで、ヴィムたちが目にしたものとは、想像を超えるようなものであった。

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