26.「この世界のパクチーを全部ルッコラに変えろと要求しています」
『ま、まさか、アレは……、メカラフル・フィッシュの群れ!?』
『し……、信じられません。この時代……、21世紀ではまだ時空遊泳理論は完成されておらず、タイムトラベルを実施するには1.21ジゴワットの電力が必要なハズ――』
『というコトは、お茶の間博士が過去にさかのぼって……?』
『いや、お茶の間博士は落花生を食べ過ぎて、鼻血による出血多量で既に亡くなっています。考えられるとすれば……、博士のクローンが――』
『――艦長! 大変です! 突如現れた宇宙海賊により、メインコントロール室が占拠されました! 24時間以内にこの世界のパクチーを全部ルッコラに変えろと要求しています!』
『クッ……、奴らまさか、過激派組織、反パクチー連合の――』
…………。
…………。
…………。
……どういう、お話なんだろう。
暗がりの屋内。私……、五奏杏の目がパチパチパチと、瞬きを繰り返すのは必然で――
学園祭一週間前、我がクラス3年3組の教室には放課後にもかかわらず半数以上の生徒が集まっており、自主制作映画のラストカットの撮影を固唾を呑んで見守っていた。バンド練習に勤しむ傍ら、小道具係である私たち四人もなんとかすべてのミッションを完遂するコトができ、今まで撮影に立ち会ったコトがない私たちに対して、折角だから見学でもと学級委員の松谷さんが声を掛けてくれたのが半刻ほど前。雷太くんは面倒臭そうな顔をしていたけど、「ちょっとだけならいいじゃん」という新くんの一声により、撮影現場にお邪魔している四人は教室の隅に固まって、微力ながら自分たちが携わった創作品が完成に近づく様をボーッと眺めていた。
「……台本読んでなかったから、何なのかもよく分からない小道具が多いなとは思ってたけど、作品を観たとしても正体を掴める気はしないね」
ヒソヒソ声で辟易を漏らす新くんに対し、ハハッと乾いた笑いで同調したのは城井さん。教室の床に腰を降ろしている雷太くんはグーグーと寝息を立てており、私はというと……、まぁ、せっせと作ったメカラフルフィッシュが活躍しているならいいやと、一人満足していたりする。
「はい、カット」という、監督役の生徒の声がとどろき、パッと照明がついた室内に数多の拍手が巻き起こる。クランクアップの感動を分かち合う空気感のさ中、習うように私もパチパチと両掌を遠慮がちに鳴らしており、緩やかな足取りで近づいてきたのは一人の長髪少女。
「五奏さん、みんな、本当にありがとうね。無事、間に合いそうだよ」
松谷さんがニコリと満面の笑みを浮かべると、「いや、大したことはしていないから」と新くんが照れ臭そうに頬を掻く。
「城井さんも、他クラスなのに……、なんだか、ごめんなさいね」
「ああ、うん、まぁ、流れっていうか……」
城井さんが、あさっての方向に目をやりながら、アハハと乾いたように笑ったところで、私たちの存在に気づいた何人かのクラスメートが近づいてきた。
「――っていうか、オオキたち、学園祭、トリでバンドやるんだろ! 軽音部よりもオーディションライブの結果が良かったって! スゲーじゃん!」
「……えっ? まぁ、一応僕だけは、軽音部でもあるんだけど」
「――ゴソーさん、ボーカルだって? 歌がうまいなんて、知らなかった!」
「――ッ! う、うた、っていうか、その、メタル……、私のは、デス声、だから」
「……デス声ッ!? ゴソーさん、デス声出せるの!? ナニソレすごっ!」
「……えっ? ええっ?」
突如幕開されたのは質疑応答の乱打。声を交わしたコトも、……というか名前すら定かではないクラスメート達に取り囲まれた私が正気を保っていられるワケもなく、あわあわと口を開閉させるのが関の山。
……それでもキラキラした目を向ける彼・彼女たちの期待に応えようと、しどろもどろながら声を返している自分の姿に、自分が一番驚きを隠せないのも事実である。ヘラヘラとだらしない笑みを浮かべる私の背後ろ、ムクリと誰かが起き上がった気配を感じて、チラリと目を向ければ寝ぼけ眼の雷太くんがボリボリと乱暴に頭を掻いていた。
私の視線に気づいた彼が、力ないしゃがれ声をこぼして、
「……俺、地下の自販行ってくるわ」
そう言って、クルリと背を向ける。慌てた私は、思わず彼の制服のすそを掴んで――
「――わ、私も、行くっ」
首だけユラリと振り向いた雷太くんが、ニヤッと口角を吊り上げる。
「一人で、いいよ。せっかくなんだから、お前はクラスの連中と喋ってろって」
制服のすそをつまんでいる私の手をそっと押しやって――
雷太くんの姿ががらんとした廊下に消えてゆく。私は誰もいない空間をボーッとした表情でしばらく見つめていた。
……雷太くん、私に、気を遣ってくれたのかな。みんなと、仲良くなれるようにって。
嬉しくもあり、でもどこか寂しい。
自分でも、自分の感情に、うまく整理をつけることができなかった。
やがて「ねぇねぇ」と再三声を掛けられた私はハッとなり、再びあわあわと拙いヒーローインタビューを強制される運びとなり――
ちょっと離れた位置から、そんな私を優しそうな目で眺める松谷さんの姿に、気づく余裕なんかてんでなかったワケで。
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