23.「ノイズ」
だだっ広い空間に喧騒が流れて、エレキギターの生音が遠くで混ざり合う。
オーディションライブ会場である体育館、そぞろ集まった制服連中がバラバラと、ある程度の距離を保ちながら壁際でグループを為している。あぐらをかいてギターを弾いている奴もいれば、イヤホンを耳にうずくまっている奴もいる。ほとんどが見知った軽音部の連中で、おそらく有志で参加しているのは俺たちくらいなのだろう。会場にはパイプ椅子が二十席ほど用意されており、最前面を陣取っているのは審査員である教師陣なのだが、オーディションライブ自体が見学自由なために、演者ではない生徒連中も何人か物見遊山に興じているようだ。
「全員じゃがいも全員じゃがいも全員じゃがいも全員じゃがいも――」
俺……、真手雷太の耳に呪いの言葉が紛れ込み、チラリと隣に目を向ける。
薄茶色のポニーテールが視界に入り込み、虚空を一点に捉えている城井の目は焦点があっているとは思えない。……城井、意外と緊張しいだったのか。
後ろを振り返る。壁に背を預けている新が腕を組みながら目を瞑っていた。一見いつも通りに見える奴だったが、よく見ると片足が小刻みに震えている。……コイツもかよ。
――そして、五奏はというと……、まぁ、言わずもがなだ。
いつものガキみたいなポーズ。だだっ広い体育館の四隅にちょこん。
両膝を両腕で抱えながら、顔を伏せてピクリとも動かない。
先ほどまで個室トイレで震えていた自分のコトを全力で棚に上げながら、三人の体たらくに思わずハァッ、とため息が漏れ出た俺の耳に――
「ライタ先輩ッ! シン先輩ッ!」
どこか抜けている、あけっぴろげなトーン。
聞いたコトがあるような、ないような、
感嘆と喜々の混じった声が飛び込んできた。
俺の眼前、クロブチメガネに長髪のアシンメトリー。
どこぞのロキノン系バンドのボーカリストをトレースしたような顔面がお目見えされ、ソイツはキラキラと、お菓子の山を見つけた子供みたいな笑顔を見せた。
――反して、ポカンと口を開けやり、首を斜め四十五度に傾けたのは俺で――
「お前……、誰だっけ」
長髪のアシンメトリーがしおしおと萎びて、ソイツはお笑い芸人顔負けのズッコケを披露してくれた。
「――ッ!? そりゃないッスよ! 一年以上も同じ部活だったのに……、
「……そんな奴いたっけ?」
「ドイヒーッ!?」
何故か「シェー」のポーズで固まったソイツに対して、いつの間にか意識を取り戻した城井が不審者でも見るような目線をぶつけている。俺も習って、浮浪者でも見るような目つきをソイツにぶつけた。
沈没寸前、哀れなる後輩に助け舟を出したのは――
「柄にもない冗談はそのへんにしなって、ライタ……、カメタニくん、久しぶりだね」
淡々と、相変わらず機械みたいな新の声が俺の耳に流れて、
石化の呪いが解かれた亀谷が、ようやくホッとしたようなツラを見せた。
「ライタ先輩が軽音部辞めちゃって、シン先輩まで、部活に顔出さなくなっちゃって、寂しかったんスよ、今年の学園祭ライブは、つまんないなって……、でも――」
今にも泣きだしそうな亀谷の顔面、そういえばコイツは、昔からコロコロと表情がよく変わる奴だった。
「お二人が有志バンドで出るって聞いて……、テンション、めちゃアガッたんす! しかも……、メタルやるんですよね!? お二人の最強タッグを、また観れると思うと――」
「……いや、まだオーディションに受かるかもわかんないし……、ってかカメタニくんも出るんだよね? 僕たちが抜けた代わりに、イカリたちのバンドで。そういう意味では、僕らはある意味ライバルなんだけど」
爛漫としていた亀谷の顔面に陰りが帯びる。
彼は、俺たちから徐に視線を逸らすと、一段トーンの下がった声を地面に落とした。
「……何、言ってるんですか。俺たちなんかじゃ、正直相手にならないッスよ、お二人に比べたら、俺たちのバンドのレベルなんて、たかが知れて――」
「――『裏切者』と、仲良く喋ってんじゃねぇよ、カメタニ」
ふいに、第三者の声。
およそ悪意にみちた、およそ敵意をむき出しにした、
総じて、耳障りなトーン。
「い、イカリ先輩――」
蒼白の表情で、思わずガバッと後ろを振り返ったのは亀谷で――
二つの影、俺にバンドのクビを宣告した『元』仲間。
――伊刈と小染のコンビが、嫌悪を露骨に浮かべた表情で俺のコトを緩く睨んでいた。
「……ライタ、オオキ、お前ら正気か? 軽音部さしおいて、素人連中に学祭ライブなんてやらせるワケねぇだろ、お呼びじゃねぇんだよ」
ノイズ。
雑音以外の、何物でもない。
「……別に、軽音部も、プロではないからな」
俺は、伊刈と目を合わせる気にすらならなかった。
辟易したトーンの声を返し、口を固く結ぶ。
「ライタ、もう一度教えてやる。イマドキ、メタル『なんか』聴きたい奴この世にいねぇんだよ。メタルがアニメやドラマの主題歌になるコトなんて、金輪際ねぇんだよ。お前がやろうとしているコトなんかな、だ~れも求めちゃいない。ただの、エゴでしかねぇんだよ」
ノイズ、ノイズ、ノイズ。
聞くに値しない戯言。思考する価値すらもない愚見。
俺は黙っている。男にしては少し高い、伊刈の痩せた声が虚空を切る。
俺から返事が返ってこないのが面白くないのか、視界の端に映る伊刈の顔面、その口元が苦々しく歪んだ。
次に放った奴の声、そのトーンは、あまりにも節操がなく、
その台詞は、あまりにも幼稚で。
「女まで入れやがって……、合コンかっつーの! 俺らのコト、レベル低いだのさんざんコキ降ろしておいて、どうせ真面目に練習なんかしてねーんだろ、スタジオは乱交パーティするために防音になってるワケじゃねーんだよ!」
ノイズが、耳たぶを引っ掻いて。
――脊髄反射。
俺は、野犬のような目つきを伊刈に向けていた。
俺の喉から、勝手に声がこぼれ出ていた。
「……テメェ、いい加減に――」
次の瞬間、視界の端、薄茶色のポニーテールがチラリと映って、
伊刈の制服の襟首を乱暴に掴み上げたのは、
城井だった。
「エゴでバンドやって、何が悪いの?」
城井の声は、やけに淡々としていた。その表情からは、一切の体温が感じられなかった。
でも、凛と伸びた細い腕は、よく見るとわずかに震えており、
まるで、あふれ出そうな怒りを、必死に抑えつけているようで。
「聴きたくない連中に、聴いてほしいなんて思わない。私はね、誰かのためにバンドやってるなんて考えたコトは一度もない。誰のためでもない、自分がやりたいからやるの。好きで好きでしょうがないから、ドラムを叩くの」
真っすぐに、透き通ったトーン。
一切の濁り気がないその声は、
一切のノイズが、入り込む隙すらなくて。
「メタルなんてね、ついてこれるやつだけ、ついてこればいいのよ。……ケンカ売りたいなら、私達のライブを観てからにしてくれる?」
城井がおもむろに手を離す。何が起こってるのかワカラナイってツラで、伊刈は情けなくその場にへたりこんだ。
「……な、なんだこの女――」
「おい、伊刈、コイツ、城井奈緒だよ……、例の、イケ女四天王の一人……、目を付けられると、学年中の女子から総シカトされるって、噂の――」
小染がうわづった声をあげると、無表情だった城井の顔面が一瞬で歪む。覇王のような威圧が空間に広がり、小染の口弁がピタリと止まった。
数秒間の沈黙、のそりと立ち上がった伊刈が恨めしそうに俺を睨み上げ、
「……有志バンドなんて、メタルなんて認めねぇ、お前らなんか、どうせ受かんねぇよ」
何かから逃げるように、クルリと背を向ける。
慌てるように小染がそのあとを追って、オロオロとした表情を浮かべていた亀谷も、ペコリとお辞儀をしたのちに彼らについていって――
静寂が還ってくる。
城井が、フゥ―ッと、大きく息を吐き出した。
「シロイ」
俺が声をかけると、ユラリ。
ゆっくりと振り向いた城井は、さっきまでの堂々とした態度とはうってかわり、どこか不安そうなツラをしてやがる。
部屋の中から、無理やり外の世界に連れ出された子供のような、
少し触っただけで、崩れ落ちてしまいそうな――
「なんか、ありがとな」
俺が声を掛けても、彼女の表情は止まったまま、でも、その目には少しだけ涙が滲んでいる。
我に返ったように前髪を触りだした彼女が、明後日の方向に目を向けて、
「……別に」
いつも通り、どこかやさぐれたトーンで、三文字のテキストをこぼす。
遠くから、杓子定規な声。
「有志バンドの方! そろそろ出番です」と、学園祭実行委員の生徒の声がとどろき、俺が後ろを振り返ると、相変わらず四隅にちょこんと座り込んでいる五奏が、でもいつの間に顔を上げていたのか、俺らのコトをジーッと見つめていて。
「行こっか」
ベースをしょいこんだ新が、三人に向かって口元だけで笑いかける。
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