第三部 第四章 私鉄
第446話 鉄道省と私鉄
リグニア帝国国鉄総裁玉川昭弥はリグニア帝国鉄道大臣も兼務している。
そのため午前中は鉄道省に行き大臣の仕事をこなしてから国鉄本社へ向かうのが昭弥の日常となっている。
「しなきゃならない事が多いな」
大臣執務室に入った昭弥は溜まった書類の山を見て呟いた。
全て鉄道省において大臣である昭弥の決裁を必要としている書類だ。
鉄道省は帝国内の鉄道政策の全て、許認可、監督、指導などを行う。
特に重要なのは鉄道会社間の調停だ。
鉄道省は政策を強力に推し進めて各地に鉄道会社が出来ている。そのため、各所で鉄道会社間の縄張り争いや激しい競争が起きていた。
特に建設ラッシュで車両やレールなどの資材の奪い合いが起きていて、資材の分配と実行、調整に苦労している。
「やれやれ大変だ」
そう言いつつ昭弥は素早く書類に目を通す。その姿は楽しんでいるように見える。
少なくとも傍らで控えていた秘書であり執事であり情報収集担当のセバスチャンには見える。
「まあ鉄道会社が多いですからね」
少し呆れ気味に相づちを打つが、セバスチャンは昭弥の事を理解していた。
根っからの鉄道マニアである、と。
「しかし、どうしてこんなに鉄道会社を認めたんですか? 管理が大変じゃないですか。国鉄が全てをやった方が簡単では?」
「確かに何処から乗っても同じというのは良いよ」
セバスチャンの指摘するように単一の鉄道会社が帝国鉄道の全てを管理運営できるのはメリットが大きい。
例えば全国的な車両、人員の配転。
特定の季節、例えば農作物の収穫時期に貨車を集中投入することが出来る。
車両も標準型に統一すれば大量調達が可能となり一両当たりのコストが抑えられる。
何より全国的なダイヤ、列車運行を設定できる。
もし分割されていたら帝国の端から端までの列車など運転しようと考える人間などいないだろう。
昭弥のいた関東では私鉄同士の相互乗り入れを行っているが、あくまで混雑解消の為だ。ターミナル駅で降りて他の鉄道に行くときの混雑を解消するために行われただけだ。最終的に収入になるが需要が明確だからこそ出来るワザ。自分の会社から歩いて隣の会社へ乗客が行く姿が見えるから相互乗り入れした方が良いと解る。そもそも、相互乗り入れは混雑解消の為に考案された苦肉の策であり、何処でも出来る方法では無い。
だから分割されたら端から端まで会社を超えて列車を走らせようなんて考える人などいない。
明確に収入が予想できない限り九州から北海道までの列車編成を考える人などいない。
精々、札幌から福岡まで貨物列車を走らせてくれるJR貨物だけだ。
貨物と旅客なにより線路を切り離すことも愚の骨頂と昭弥は考えている。諸外国が上下分離方式を使っていると言っているが輸送量が少ないから出来るだけだ。
日本並みのダイヤの中で実行したら混乱し事故を起こして運転不能になるのがオチだ。あの精緻なダイヤを線路などの設備と車両が分離して運用出来るとは思えない。素人の政治家や官僚や評論家、記者などが上から目線で言っているに過ぎないと思う。
精々税制上の優遇措置ぐらいしかメリットはない。
何より鉄道は列車の受け入れ施設、駅や荷役の為の施設がなければ無用の長物、ただただ線路の上を走り人や荷物を運ぶためには他の交通機関との接続を考えないとダメだ。
更に需要も時間帯によって変わる。
朝夕に旅客を運びそれ以外の時間に貨物を運んで路線を有効に使うなど、柔軟な運用が可能だ。
分割など愚か、としか言いようのない所業だ。
単一会社の乗客の方にもメリットは多い。
単一なので直通列車を設定しやすく乗り換えが少ない。
何より鉄道会社を乗り換える度に初乗り運賃を支払う必要が無い。
だが昭弥はあえて全ての鉄道を国鉄に吸収する政策を行わなかった。
「組織が非常に大きくなるからね」
現状で何十万人もの職員を抱えるリグニア国鉄だ。
帝国の鉄道総距離の半分近くが国鉄で占められているが、残り半分を管理するとなると更に倍の職員を抱え込むことになる。
彼らに対するマネジメントの仕事量が多くなり非効率だ。
言わば動きの鈍い巨人となってしまう。
国鉄内の仕事に大半を使い、残りで乗客に対応する、という事態になりかねない。
「それにメリットは十分に活用出来て初めて発揮できるからね。全国的な状況を見るのは容易くても地域の細かいニーズまで把握できない。帝国全体を考えて動かしているからどうしても各地域の需要は後回しになる」
帝国全体に路線網を布くことを国鉄は期待されている。
先帝からずっと鉄道の敷設は続いていたが古い考え方の為、単線、カーブの多いスピードの出せない線形など運転に支障が出ている。
そのため高速運転を可能とする直線的な線路、複線化しての輸送量増大などの課題に取り組んでいる。
そのため各地の需要やニーズを聞くことは後回しにされやすい。
勿論、収入増を目指して地域密着営業を仕掛けているが、どうしても路線網の整備、それも帝国規模での整備に回されやすい。
しかも昭弥が広軌鉄道を完成させたため、広軌路線網の建設も始まっており地方の整備までは手が回らないし運営など出来ない。
だが、地方線の整備も行わなくてはならない。
新たに作った広軌鉄道に旅客や貨物を運ぶのは地方線だ。
大河があるからこそ小川は存在できる、などと妄言を吐いた馬鹿がいるが実際は逆で多数の小川があるからこそ大河となる。
国鉄が繁栄するためにも地方線の整備は急務だった。
だが国鉄では、建設にも経営にも十分な余力はない。
「そこで地方内の需要に対応するために私鉄の設立を許しているんだよ」
国鉄が全国的な路線網を整備し、私鉄は地域の路線網を充実させる。
地域の品物を集めて国鉄まで送り全国へ配送、または帝国各地の産物を私鉄へ送り地域へ届ける。
私鉄も貨物輸送は行っており相互乗り入れもやっている。
日本の私鉄も今でこそ旅客が主だが、昔は貨物輸送もやっていた。
特に東武鉄道は二〇〇三年まで貨物輸送を行っており、スカイツリーが立つ業平橋は貨物駅として使われていた。
実際日本の鉄道の多くは鉱物や地元の物産品、セメントの材料である石灰、特に群馬周辺では絹、織物の輸送などで各地に鉄道が敷設された。その多くは私鉄であり、東武鉄道の貨物輸送もその流れを汲むものだ。
その多くは国鉄との連絡輸送を行っており各地へ運んでいた。
積み込んだ貨物を載せ替える必要なく連絡輸送が出来る様に車両の規格を統一して徹底させるなどの政策を実行していた。
「私鉄に車両を販売したりとかもしているしね」
「国鉄を後回しにしてまでやるので現場から文句が出てきていますよ」
鉄道車両生産の為に国鉄内でも車両生産を行っている。というより効率的に大量生産できる施設が国鉄内にしかない。
大規模なライン式で効率的な工場など国鉄以外に作れなかった。
民間の車両メーカーはあるが、いずれも小さく工房を少し大きくした程度で手作りに近かった。
何しろ近代工業、機械生産、生産機械の配置、流れ作業を理解しているのが昭弥のみで伝えたのが国鉄だけだ。他にも教えているが理解出来ている人は少ない。
一応民間への技術指導も行っているが理解している技術者の不足により遅々として進んでいない。
そのため、国鉄が車両生産を一手に引き受けることとなり私鉄への車両販売も行っていた。
お陰で国鉄へ配備される車両が減り運行担当者が列車のやりくりに頭を悩ませていた。
「一応、規格を揃えているから私鉄からそのまま乗り入れられるようにしている。それにリースの会社も作ってそこから動かしているし」
車両のリース会社とは予め車両を保有しておき客は必要な時に車両を借りて送り出す会社だ。
需要予測が不明な時、特に資金不足で創業時、開業時に車両を多く保有できず需要過多で捌けないときに貸し出す方法だ。
三ヶ月単位で貸し出しているが使い勝手が良いので私鉄でよく利用されている。
そのために鉄道車両でも自動車のように所有者と使用者を別々に出来る様に工夫していた。
「それに私鉄が成長してくれるのは結果として国鉄への旅客や貨物も増える事に繋がるからね」
「そうですけど、大丈夫なんですか? かなりの数で監査とかが大変では?」
その結果が机の上の書類の山だ。昭弥の指示を仰ぐための書類や報告書、決裁など許認可を必要としているものだ。
権限移譲を進めているが、次々と新しい問題が出てくるために昭弥が直接指示を出さなくてはならない事が多い。
「それは認めるよ。けど、全部自分で指示を出すより楽だ」
国鉄のみだったらこの倍の書類を処理しなければならなかっただろう。小さいもめ事は民間同士で解決して貰えるからだ。
だから私鉄を育成している。
もっとも、国鉄と私鉄で争うことも多いので頭が痛いところだ。
「変な会社とか有りませんか?」
「出て来ないようにこうして事業計画を見ているんだよ」
そういって昭弥は取り出した一枚の新規事業計画書を見て絶句した。
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