27.カワセミ亭

 異世界の歓楽街。

 差し詰め、レムゼルク王国代表酒豪チームが集うドーム型地下スタジアムとでもいうべきだろうか。狭い地下通路を抜けた先の、不自然なほどに広大な空間で、大小の酒場や屋台がひしめき合う。


 屋台の丸椅子に腰掛けた荒くれ者たちは、片手に陶器製のジョッキ、もう片手にアテの串焼きなどを掲げ、皆が楽しそうな表情で大笑いしている。

 すれ違う人々も皆酔っ払いばかりで、辺り一帯には、常に酒の臭いが立ちこめている。 


 そしておそらく、旧市街の住人達や、ここ下層街の住人達のいう『下層街』とは、レラの家がある迷路状の地下街よりも、この地下スタジアムそのものを指す代名詞なのではないだろうか。

 『今日は下層街で一杯やろう』だとか『下層街のハチ公前で待ち合わせな』みたいな感じで。

 

 ……流石にハチ公は無いか。


「見てくださいサクマさん。あの犬の石像は忠犬《ケロリン》です。下層街の定番待ち合わせスポットですよ」

 

 いや、あるんかい!!!

 セトメが指し示した方向は、円形の広場になっており、その中心に下層街のハチ公が鎮座している。

 なんとも禍々しい雰囲気の彫刻だ。


「犬……??首が三つありますけどそれは」


「ケロリンは地獄の番犬ケルベロスがモチーフなので頭が三つありますね」


 なるほど。名前と容姿のギャップがすごい。

 どうせなら、よく薬局の店先に置かれてるカエルみたいなゆるキャラとかにしときゃよかったのに。

 あとは、この世界の人間には伝わらないと思うが、羽根生やして関西弁なんて喋らせると、良い感じのパチもん臭が漂って、ウケるかもしれないぞ。


「ケロリン、かわいいですよね?私はかわいいと思うんですけれど、レラに言ってもわかってもらえなくて……」


 ごめん、セトメたん。それは俺もレラの意見に賛成です。


「セトメた……さんは、なんというか……独特の感性をお持ちのようで」


 なんとかフォローしようと考えて口から出た言葉がコレである。

 案の定、セトメは微妙な表情をして「んー……」などと口をつぐんでしまう。

 エロゲだったら、選択肢外したパターンだなコレ。


「と、ところで、セトメさんの店って、どんなお店?居酒屋とか、屋台みたいな?」


「カワセミ亭という大衆食堂で働いています。小さなお店ですが、味には自信があります。どれも逸品ですが、おすすめメニューは焼き干し茶漬けですかね。当店一番人気です」


 お、お茶漬けだって!?嬉しい。

 このレムゼルクとかいう国、通貨の単位といい、スーパー銭湯みたいなモノクロア温泉といい……ジャパニーズライクなところがあるとは薄ら感じてはいたが、まさかお茶漬けのような、こてこての日本食が登場するとは思ってもみなかった。オラ、ワクワクすっぞ!


「じゃかじゃん。着きました」


 もしかしたら、お茶漬けが食べられるのだろうか、などと、今や遠い故郷の味に思いを馳せ、壮亮がよだれを垂らしていたところ、セトメが立ち止まり、じゃかじゃんと、両手で二階建ての建物を指し示す。

 木造の、古めかしく、温かみのある建物の入り口ドアの上には、おそらく異世界の文字で《カワセミ亭》と書かれているようだ。店自体はすでに閉店しているようで、窓からはカウンターキッチンらしき場所だけにぼんやり明かりが灯っている様子がうかがえる。


 ・・・・・・。


 いや、『じゃかじゃん』て。遅れて効いてきたけど、かわいいかよ。

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