第17話 ワゴン

 予定どおり、ユキは待ち合わせの10分後に小走りで公園へやってきた。


「あ、マミおはよ~! ごめんね~荷造り遅くなっちゃって!」


「おはよ~! もう、ユキはいつも時間守らないんだから、しっかりしてよね」


「うぅ、怒らないでよ~。じゃ、早速駅に向かお!」



 二人は他愛もない会話をしながら、駅に向かって歩き出した。駅までは公園から徒歩で10分。今のペースなら時間ぎりぎりに間に合うはずだ。

 ユキは、これから乗る新幹線で乗り物酔いしないか、京都で乗る予定のバスにも酔わないかなどひたすら乗り物酔いの心配をしていた。


「あんなに荷造りで忘れ物ないかチェックしてたのに、肝心な酔い止めの薬だけ家に置いてきちゃったよ~。大丈夫かな、気持ち悪くならないでいけるかな?」


 荷造りのせいで10分遅れて来たにも関わらず、肝心な物を忘れがちなのはユキの性質なのだろうか。実際、この7年後に海外旅行へ行く際も酔い止めの薬を忘れて飛行機に乗れないと喚いていたのをマミは思い出した。

 

「ん~、乗り物酔いって気の持ちようって言うじゃん? トランプしたり本読んだりするときにずっと下を向いたりしてなければ大丈夫なんじゃないかな?」


「え、そうなの? 初めて知った~! それ早速やってみるね」



 こんな調子で他愛もない会話をしながら歩いていると、歩道の横の道路から、短めの音で2度クラクション音がなった。


二人は道路を見ると、そこには黒光りしたワゴン車が一時停止しており、後部座席の窓からルカが顔を出してきた。


「マミ、ルカ、おはよー! このままじゃ集合時間に間に合わなさそうだけど大丈夫? キャリーケース重いでしょ? よかったら、ワタシんちの車に乗ってかない?」


 マミはギクッとした。嘘を付いてしまったルカに、どんな顔をして会えばいいか分からず、思わず目を横目に背けてしまった。

 そして、車でルカに話しかけられるのは過去には起きなかった出来事だ。


(もしかして、もう未来が変わって来てるのかも……。どうしよう、まだ変わらないと思ってたから心の準備が……!)


 そんなそわそわした様子のマミのことは気にもせず、ユキは目をキラキラさせて小走りで車に近づいていった。


「ルカ、おはよ~! こんなところで会えて嬉しい~! じゃあ、お言葉に甘えて乗せてもらっちゃおうかな~」


 さっきまで乗り物酔いで不安がっていたのは何だったのか。ユキは颯爽とルカの車に乗り込もうとしている。


「うん、いいよ、一緒に行こ! ……マミ? どうしたのー? マミも早くおいでよー!」


 ルカに催促されると、マミは「う、うん、ありがとう!」と返事をし、小走りで車に近づき乗り込んだ。



 ワゴン車の後部座席に二人は乗り込むと、運転席からルカの母親が笑顔で顔をのぞかせた。


「ユキちゃん、マミちゃん、おはよう。ルカに言ってもらえたら、最初から乗せてってあげたのにー」


 ユキは「そうですよね~」と、テヘヘとリアクションを返した。


「違うクラスになっちゃったからルカは他のお友達と一緒に行くのかな、とか思っちゃって、誘ってなかっんです~。 ごめんなさい、最初からルカもお誘いすればもっと家でゆっくりできてたのかな~」


 若干ルカが拗ねた顔をしている。


「もう~ユキってば、また楽しようとしてる! ワタシだってみんなと一緒に行きたいじゃん! 違うクラスだからってハブらないでよね」


「ごめんごめん、違う行事の時はまた誘うから許して~」


 アハハと車内が盛り上がる。マミも苦笑いをしつつ、ルカの性格を思い出していた。


(そうだ、ルカは一人ぼっちになるのが嫌な子なんだった。いつもみんなに注目されてたから、自分だけ仲間はずれにされることが一番嫌だって言ってたっけ……)


 マミは、自分のついた嘘の付き方が、ルカを仲間はずれにしているようなものだったことを思い出して不安に駆られた。もし、自分たちの班が嵐山に行くことを検討していたが直前で変更になった、という嘘がバレたりしたら。ルカは、自分を清水寺に行かせないためにマミがわざと嘘を付いたと思うだろう。


(でも、そんなことを気にしていたら、カケルから告白されることなんて無くなっちゃうかもしれない! もう付いちゃった嘘は取り返しがつかないし、うまくごまかして進むしかない!)



 マミは一人神妙な面持ちでいると、ルカが話題を切り替えてきた。


「マミたちは、班散策で清水寺に行くんだよね?良いなー、ワタシたちの班は嵐山だよー」


 核心をつく話を急に振り出したので、マミはギクッとした。黙っていると、ルカが何も考えて無さそうな口調で「そうなんだー」と答えた。


「でも、嵐山もいいところだよね。“竹林の小径”、ウチも行ってみたかったな~。」


「あ、ユキ分かってる~! 写真もいい感じに取れそうだよね!」


 “竹林の小径”は今では“映えスポット”として有名で多くの観光客がスマホで写真を沢山とることで有名だが、当時は“映え”という言葉がなかった。しかし、それでも映えることを知っているルカは当時から流行にも敏感だ。実際、現代のルカはSNSで人気のインフルエンサーとして活動しているのであった。


「そうそう、あそこで写真撮ったらすごく良さそう! 嵐山良いなぁ、ウチらは行けないから羨ましいなぁ」


「えへへー、良いでしょー、あとで写真いっぱい見せてあげるね!」



 ぎりぎりマミが付いた嘘の核心に触れない会話が続いていたが、気づくとあっという間に車は駅前のロータリーに到着していた。


(セーーーフッ!!!)


 マミは過去に戻ってきてから一番のスリルを、過去を一番狂わせた張本人の車内で味わうのであった。

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