だから今はこれですまん……
崩れ落ちた家の瓦礫をどけると、そこには、母親らしき女性に守られるようにして三歳くらいの子供がいた。しっかりと呼吸している。だが、母親らしき女性の方は、一見しただけでダメだと分かった。折れた柱が腰に刺さっていて、そこから溢れた血は固まって黒く変色し、女性自身も生きている人間の顔色をしていなかった。しかも、臭い始めている。<死臭>ってやつだ。俺も、村で死んだ奴を埋葬するのをやらされたから、何度も嗅いだことのある臭いだった。
そんな女性に抱かれた子供の口元には、保存の利く固いパンが。この辺りでは当たり前に食べられている、不味いパンだ。前世で普通に売られていたそれを思い浮かべていると、とてもパンとは思えないようなものだよ。と言っても、それしかないから食うしかないやつだけどな。
母親らしき女性が、たまたま手元にあったそれを子供に与えて、自分は死んだということか……
いや、そんなお涙頂戴の美談じゃなく、それこそ本当にたまたまそうなっただけかもしれない。しれないが……
『そういう母親だっていたかもしれねえしよ。変わり者ってのはどこにでもいるじゃねえか……リーネも割と変わり者だろ……だから、そういうことでいいんじゃないか……?』
とも、俺は思っていた。
そして、
「リーネ、手伝ってくれ」
少し離れたところに身を隠してもらってた彼女を呼んで、手伝ってもらって瓦礫をさらに避けていると、
「……?」
子供が目を覚まして俺とリーネを見た。すると、
「うえ……うぇええぇあぁぁぁ~っ!」
突然泣き出したんだ。無理もない。こんなとんでもない状況に放り出されて、母親が死んでいくのを目の当たりにしたんじゃな。
「ママ~……! ママぁ~っ!」
俺が抱き上げると、その子供は、女性に手を伸ばして暴れた。埋もれていた間、垂れ流しだったであろう糞と小便の臭いを振りまきながら。
だから俺は、
「だまれ! お前の母親は死んだ! 喚いたって死んだ奴は生き返らん! これ以上喚くなら、お前も殺すぞ!!」
精一杯ドスを利かせた声で恫喝した。すると子供は、ビクッと体を震わせて、怯えた目で俺を見た。
『すまん……ゆっくり付き合ってやる余裕がないんだ……だから今はこれですまん……』
腹の底から嫌な味がするものがこみあげてくるような感覚の中、俺は口には出さすにそう詫びていた。いくら詫びたところで許されるような言い方じゃなかったと自分でも思うけどな……
その上で、リーネと共に井戸へと移動して水を汲んで、子供の服を脱がせて体を洗ってやった。可愛らしいものを鎮座させた男の子だった。
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