悪いことってわけでもない

夕食も果実と木の実だけで済ませ、リーネと一緒にベッドで横になる。そして、


「明日も、一日、同じ作業の繰り返しになると思う」


俺は告げた。その上で、


「もし辛かったら言えよ。怪我をしたらすぐに言えよ。無理をする必要はないんだ。ただの思い付きでやってるだけのことだからな」


とも、念押しする。するとリーネは、なんだか少し困ったような笑顔になって、


「トニーさんは、本当に優しいですね。まるで神様みたいです」


だと。


『神様みたい』


そんな風に言われて、俺は、


「冗談でもやめてくれ。くすぐったい。俺はそんなんじゃないんだ……」


前世の自分が思い出され、今世でも、両親への復讐を考えたり、リーネを見捨てることも考えたりしてた自分が『優しい』だとか冗談にもほどがあるとしか思えなくて、俺はひどく居心地が悪かった。


なのに彼女は、


「ごめんなさい」


と口にしながらも、


「でもやっぱり、私にとってはトニーさんはすごく優しい人なんです。お父さんもお母さんも死んで、叔父さんや叔母さんには愛されてなくて、私は、このまま生きてていいのかなって思ってました……村のみんなとはぐれた時も、『ああ、このまま死ぬんだな……』って思ったんです、そしたら、トニーさんを見付けて……


私も本当は、怖かったらそのままにしようかとも思ったんです。でも、できなくて……どうせ死ぬなら、ちょっとでも誰かの役に立ってからと思って……」


「……」


『怖かったらそのままにしようかとも思った』というリーネの気持ちは、当然のものだと思う。俺だって逆の立場ならそう思うだろうし、俺なんてそれこそ、リーネが獣に襲われてる間に自分だけ逃げようとか思ってたんだ。それを思えば、見ず知らずの男が倒れてても、助けなきゃいけない理由なんか彼女にはない。


『困ってる人には手を差し伸べるのが当然』


なんてのは、それなりに余裕のある人間の理屈だ。それどころか、前世の世界だって、困ってる奴がいてもスルーするのが普通だったじゃねーか。しかも、実際に<困ってる人に手を差し伸べてる奴>だって、


『それをしてる自分に酔ってるだけ』


ってのが多かったじゃねーか。『困ってる人には手を差し伸べるのが当然』なんてのは、ただの綺麗事なんだよ。


けどな……けど、少しでも関わり合いになった奴に死なれたりしたら、なんか、気分が悪いってのも、嘘じゃないんだとは思う。だからついつい手を差し伸べてしまったりすることもあるんだと思う。


それ自体は、別に、悪いことってわけでもないよな……


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