【2】かぐや姫の抹茶ロールケーキ
第5話 《りんごの木》の店員さん
月曜日──。
白雪ましろは、おとぎ小学校の転校初日にやらかしてしまった。
いきなりの遅刻だ。寝坊ではない。
「すみません。朝ご飯がおいしすぎて、いっぱい食べてたらこんな時間に……」
五年二組の教室が、朝から明るい笑いに包まれたのだが、ましろとしては不本意だ。
本当は自己紹介をビシッと決めて、クールビューティーなキャラを定着させようかと思っていたのに、いきなり大失敗だ。
それもこれも、おいしいご飯を作るりんごおじさんのせいだ。
「ましろさん、今朝は【プリンセスの朝ごはん】ですよ」と、満面の笑みでキッチンから出て来たりんごおじさんの両腕には、お皿が全部で五枚も乗っていた。
不思議なネーミングはさておいて、右にはコーンポタージュ、海藻サラダ、スクランブルエッグとカリカリベーコン。左にはロールパンとデニッシュ、そしてカットされたグレープフルーツ。
リビングのテーブルはノートだらけなので、カウンターテーブルにお皿がズラリと並ぶ様子は、なかなかの迫力だ。
「プリンセス、こんなに食べないと思うよ⁈」
「いえいえ。食べ盛りの姫は、これくらい食べないと」
そんなこと言われてもなぁと、困り顔のましろだったが、これが予想外! りんごおじさんの料理は、次々とましろのおなかに入っていってしまったのだ。
「おいしい~っ! ホテルの朝ご飯みたい!」
「一応プロなので、ホテルと比べられるのは……。まぁとにかく、おかわりもありますから、どんどん食べてくださいね」
そんな甘い言葉に乗せられて、ましろはぺろりと二人分くらいたいらげてしまった。
しかし、だからといって時間は二倍にはならない。気がつけば授業が始まる十五分前で、ましろは人生で一番全力で走るはめになってしまったのだ。
「しっ……、白雪、ましろです! よろしく……、はぁっ、お願いします!」
ぜいぜいと息を切らして自己紹介を終えたましろは、「こんなはずじゃなかったのに……」と落ちこみながら席に着いた。多分朝ご飯のカロリーは、すべて消費した気がする。
「白雪さんって、《りんごの木》の店長さんの親戚?」
朝の会が終わると、隣の席の女の子が、ため息をついていたましろに話しかけてくれた。
短い髪がよく似合う、スラッと背の高い女の子だ。なんだかかっこいい。
「りんごおじさんは、わたしのおじさんだよ」
「やっぱりーっ! あっ。あたしはキビノモモナ。よろしく」
女の子は、ノートに書いてある「吉備野桃奈」という漢字を見せながら、自己紹介してくれた。
「あたしの家、おとぎ商店街で果物屋やってんだ。白雪店長は、よく買い物に来てくれるから覚えてる」
「わたし昨日、果物屋さんのリンゴのジュース、飲んだよ! 吉備野さんのお店のリンゴかな? すっごく美味しかった」
爽やかな甘さのリンゴジュースを思い出すと、勝手に口の中がジュワッとなってしまう。また飲みたいとは思っていたが、まさか同級生のお家が果物屋さんとは驚きだ。
「うちの商品はとびっきりうまいから、当然! 白雪さんも、今度来て」
「うん、分かった! 吉備野さんも《りんごの木》に来てね。わたし、土曜と日曜はウェイトレスさんするから」
「えぇーっ! なにそれ、すごい! 絶対行くよ!」
お店に立つ予定を発表したましろだったが、吉備野さんは予想以上の反応だった。さっそく、次の日曜日にお母さんと行くと言ってくれたのだ。
これは気合いを入れて頑張らないといけない!
***
いきなり遅刻してしまったこと以外は、スムーズに終えることができた転校初日。ましろは、家に帰る前に《りんごの木》を訪れた。
「こんにちはー」
カランカランとドアベルが鳴った。
そっとドアを開けたつもりだったが、ドアベルはしっかりと仕事をしている。すぐさま、「準備中です~」という女の店員さんの声が飛んできたからだ。
「ごめんね。ディナータイムまでお休みなの」
「恩田さん。その子、店長の姪っ子っすよ」
ましろの顔を見て反応したのは、四十歳くらいの美人な女の店員さんと、先日も働いていた目つきの悪いお兄さん。そして、キッチンからりんごおじさんも遅れて顔を出した。
お店は、ランチタイムが終わった後のお休みの時間だったようで、その三人以外は誰もいない。
「ちょうどいいですね。ましろさんを二人に紹介します。僕の姉の子の、ましろさんです」
「白雪ましろです。小学五年生です。昨日、引っ越して来ました!」
りんごおじさんに紹介してもらい、ましろはペコリと頭を下げて挨拶をした。
そして続けて店員さんたち。
「ましろちゃん、よろしくね。私はパートの恩田つる子。だいたい平日の昼間にいるわ」
「
にこやかな女の人は恩田さん、目つきが悪いお兄さんは有栖川君というらしい。
アリスガワだから、アリス君って呼ばれてたんだ。かわいいニックネームだな。
そして、ましろの中で一つ謎が解けたところで、再びりんごおじさんの登場だ。
「これからは、ましろさんにも少しずつお手伝いをしてもらおうかと思っています。土日なので、とくにアリス君といっしょになるかと。いいですか?」
「店長、マジっすか」
口をはさんだアリス君は、ましろの方を見てギョッとした様子だ。ましろとしては悲しいが、仕事は初めてなので当然かもしれない。
「わたし、がんばります! よろしくお願いします!」
「うーっ。まさか、後輩が小学生って……」
「あら、いいじゃない。かわいい看板娘だわ」
恩田さんのサポートがありがたい。
ましろは、「お・ね・が・い・します!」とアリス君を見上げるような姿勢でせまり、どうにか「分かったって」という言葉を引き出した。
そしてなんと、「店長。この子に、少しずつ接客教えていってもいいっすか?」と、アリス君はましろの教育係まで買って出てくれたのだ。
「助かります。アリス君の教えなら、間違いないですからね」
「うわぁ! アリス君、ありがとうございます!」
「いきなりアリス君呼びかよ」
「ダメですか?」
「別にいいし。それに、敬語なくていいし」
やっぱり、アリス君は優しい人に違いない。
ましろがそう思ってホッとしていると、アリス君は余っているメニュー表を一つ持って来た。ランチとディナーがすべてまとまっている、少し厚めの絵本のようなメニュー表だ。
「これは宿題だ。明日の夕方までに、まずはランチメニューを覚えてこい。テストするから」
「テスト⁈」
思わず、声が裏返ってしまった。
ましろは暗記が好きではない。好きなアイドルの歌の歌詞ならば、大喜びですぐに覚えるけれど、宿題だとかテストだとか言われるとげんなりしてしまう。
「いらっしゃいませとか、ご注文はー? とか教えてくれるんじゃないの⁈」
「それは、メニューを覚えてからだ。世の中そんなに甘くないってのも、覚えとけ」
うわっ! アリス君、優しいのかなって思ったけど、ちょっと意地悪じゃない?
ましろはしぶしぶメニュー表を受け取ると、「がんばります」と宣言した。
これはかなり必死にやらないと、日曜日に吉備野さんが来ても、お店に立たせてもらえないかもしれない。
「ファイト! 私はましろちゃん用のエプロンを用意しとくから!」
恩田さんはましろの味方だ。
恩田さんが教育係だったらよかったのに。
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