9.不機嫌な手掛かり

「んで、わざわざこんなトコまで私に会いに来たってわけ」


 刑務所の面会室。そこに、不機嫌そうに頬杖をつく天使アナトラの姿があった。かつての神々しさはもはや見る影もなく、あれほど透き通って見えた髪も今や濁った沼のように汚れていた。


「ざけんじゃないわ。あんたらの勝手な地上ルールで私をこーんなブタ箱に放り込んでおいて、今度は助けろって? 虫が良すぎると思わない? どんな神経してんのよ」


 アナトラは忌々しそうにかもめを睨みつける。怯むかもめ。だが、今考えられる限りでアナトラは唯一の手掛かりだ。引き下がるわけにはいかなかった。


「お願いします、そこをなんとか! 協力してもらえれば、罪が軽くなるよう私からも弁明するから……」


「話になんないわね。大体、私に頼る前にあの男に頼んだらいいじゃない。私の人生台無しにしてくれたアイツにさ。……どこいったのよ、アイツは?」


「兄さんは…………あの後、トラックに轢かれて」


「……はっ、いい気味だわ。神の定めた運命に逆らっていたんだもの、天罰よ天罰」


 黙り込んでしまうかもめ。小さく丸まったその背中を、フェリィが優しくさすった。そして、それとは対照的に、鋭い視線をアナトラに突きつける。


「……」


「な、なによ、そんな顔したってダメなんだから。大体、私に何のメリットがあって――――」


 そこまで言いかけて、アナトラにある考えがよぎった。


(待てよ……このカナリアって子を送り返すのだって、立派な転生って事になるんじゃない? もしそうなら、私の転生ノルマは晴れて達成されて、女神に昇格! 女神の力を手に入れたなら、こんな牢獄砂の城も同然じゃない)


「ん、んん。……まぁいいでしょう。哀れな子羊に救いの手を差し伸べるのも神の子である私の務め。仕方ありません、今回だけは水に流します」


「……ほんとう?」


「ええ。ただし、協力するにあたっては、私の指示に従ってもらいます。いいですね?」


「……ありがとう」


 すがるような目で見つめてくるかもめに、アナトラは張り付けたような笑みを浮かべた。フェリィはまだアナトラを睨んでいたが、かもめがその様子だったのであえて何も言うことはなかった。


(ふっ、まぁせいぜい利用させてもらうわ)


「天使さま!!!!!!!!!!」


「うおっビックリした!!? な、なによアンタ」


「私はお二人の因果については存じ上げません……ですが、忌みし相手をも受け入れ、全ての者に等しく手を差し伸べる――――やはり、あなたは本当の天使さまなのですね!!!!」


「お、おう」


「素晴らしいです、流石は天使さま!!!! どうぞ私の信仰をお受け取りください!!」


「いや、わかったからちょっと落ち着きなさい!」


「はっ!!! 天使さまにご迷惑をおかけしてしまうとは!!!! 申し訳ありません!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「いやうるせえっつってんの!!!!!!!」


「おい334番! 何を騒いでいる!?」


「ぴゃっ!? す、すみましぇん!」


 看守と思しきいかつい男に怒鳴られ反射的に縮こまってしまったアナトラ。どうやら、ここでは相当ひどい目にあわされているらしい。


「と、とりあえずまずは情報をもらおうかしら。私が担当していた世界とは限らないからね」


「えっと、ここなんだけど……」


 そう言って、トウカの手帳をアナトラの前に広げてみせるかもめ。そして、ルーナティアの行を指さす。凝視するアナトラ。かもめ達は、固唾を呑んで彼女の次の言葉を待った。

 それから少しして、アナトラは椅子の背もたれに思い切り背中を投げ出しながら、深いため息をついた。


「……あなた、その子をルーナティアに帰す意味、わかってる?」


「え?」


「その子の願いを叶えたいのかって聞いてんの」


「それは、もちろん」


 なんでそんな事を聞くんだろう、かもめはきょとんとして首を傾げた。だが、次のアナトラの言葉に、かもめは思わず目を見開く事となった。


「……なら、この話は忘れなさい」


「そ、そんな、なんで!?」


「アンタの持ってる、その板切れで調べてみたらわかるんじゃない」


 冷ややかな視線でかもめの持つスマホを指さすアナトラ。かもめには意味がわからなかった。この世界のネットで、空想でない異世界の何がわかるというのだろうか。いや、わかるはずがない。


「天使さま!!!! もったいぶらずにお教えください!!!!!!!!!!!! 一体、ルーナティアに何が!?!?!?!?!?!!?」


「だからうるせえっつってんでしょーが!!!!!!!!」


「うるせえのはお前だ!!!!!」


「ひぎぃっ!? すみましぇんゆるしてください!」


 結局、アナトラは激昂した看守によって連れていかれてしまった。それを呆然と見送りながら、かもめは震える手でアナトラに言われた通りスマホを操作した。


 ルーナティアについて。


検索結果が表示されるが、異世界についての記事は何もなかった。出てきたのは、せいぜいゲームの記事。


(ゲームの名前は『エクリプス戦記』……聞いたことないゲームだな。あ、サービス終了したオンラインゲームか。そりゃ知らないよね。……ん?)


 何気なく記事に目を通していって、かもめはとあるページで目が留まる。そこは、キャラクター紹介のページだ。かわいらしい見た目や、凛々しい顔をした男女がズラッと並んでいる。その中で――――かもめは、ある一人のキャラクターに目が釘付けになってしまった。


 そのキャラクターの名は『カナリア・Cキティ・ホーク』。説明文には、ルーナティア帝国を守る深紅の騎士と書かれていた。

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異世界なんていかせない 水銀 @suigin

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