8.最初の依頼と深紅の騎士
「ごめんなさい、落ち着かないでしょ?」
「いえそんな! 部屋の色が明るいっていいですよね! 気持ちも明るくなってきます!」
「はははー……どうも」
かもめの目の前で、ニコニコと屈託のない笑顔を見せるカナリア・
「それで、カナリアさん……どうしてこの探偵事務所に?」
「そうでした! えっと、どこから話せばいいか……」
◇ ◇ ◇
「私の住むルーナティア帝国は、隣国のヘリオス共和国と領土を巡っての戦争状態にありまして、私もそのルーナティアの一兵士でした」
「はぁ」
「しかし、情勢はルーナティアの圧倒的劣勢……私たちは、決死の戦闘を余儀なくされました。そしてその最中、敵の騎兵隊の軍勢に跳ね飛ばされて…………死を覚悟したのですが、気が付いたらこちらの国に」
「なるほど」
「最初は戸惑いましたよ、なにせ見慣れないものばかりでしたから! 馬の引いていない馬車に妙な形の建物、あと大きな光る箱の中で人が喋ってました! あれは一体どういった魔法で!?」
「え、なんだろ、テレビ?」
「テレビ! 後で術式をお教えください!!」
「はは……後でね」
(術式ってなんだ……?)
「それで、しばらくは帰路を求め当てもなく放浪を続けていたのですが……ある時、親切なお方からこの探偵事務所? のお話を聞かされまして。なんでも先日、娘さんを同じように助けていただいたとかで!」
(ノゾミさん! ありがたいけど迷惑!)
「というわけで、現在に至ります」
(見た目が気になって話が全然入ってこなかった……)
「まー……要するに? 早く帰らないと自分の国がヤバいと」
「お願いします!! 本当は、異国の文化にもっと触れたいという気持ちもあるのですが……やはり、祖国や友を失いたくないのです!」
「その気持ちはよくわかります」
かもめはトウカの顔を思い浮かべる。帰る場所を守る――――その点でいえば、かもめとカナリアは同じであると言えた。
「では!?」
「……この依頼、この鳩羽かもめが確かに引き受けました」
その瞬間、明るかったカナリアの表情がさらに満開になった。そして、かもめの掌を力いっぱい握りぶんぶんと振り回した。
「ありがとうございます!!!!!! この恩は必ずや!!!!」
(痛い、てか硬い! そしていちいち声でかいなこの人!)
「……ルーナティア?」
と、そこで三人分のコーヒーを持ったフェリィが不思議そうな顔をしながら入ってきた。
「どしたのフェリィ?」
「かもめ、ルーナティアならその手帳にあったよ」
「え? ……あ、そっか!」
言われて、かもめはボロボロの手帳を開き、例のトラック転生のページを開く。かもめも、なんとなく聞いた名だと思っていた。そして、フェリィの言葉でようやく思い出した。
(このナンバーで担当と転生先を振り分けてんだろ?
『サハラ急便 〇|〇-1800』なら『ルクバール』
『ヤマネコトマト R-246』なら『ルーナティア』)
「ルーナティア、ヤマネコトマト……そうだ、確かにあの時兄さん言ってた! って事は、このトラックさえ見つける事が出来れば……」
「帰れるんですか!?」
「うん、確証はないけど、まず間違いないと思う」
「すごい、こんなにあっさり問題を解決してしまうなんて!!!! 私と同じくらいの歳に見えるのに、ご聡明なんですねぇ!」
「はは……」
(私は手帳を見ただけだけどね)
ともかく、無事に依頼を解決できそうな事にかもめはほっと胸を撫でおろす。正直、手帳だけで本当になんとかやっていけるかどうか、不安だったのだ。
(まあでもよかったよ、私だけならともかく、フェリィが一緒にいてくれればなんとかやっていけそうかも……)
かもめの胸中に、一条の光が差した。この調子なら、トウカの手がかりも意外と早く掴めるかもしれない。そんな甘い考えがよぎるほどには余裕ができていた。
「……苦っ! ブラックコーヒーってこんな苦いんだ……」
甘いコーヒーしか飲んだ事のなかったかもめは、思わぬ苦さに顔をしかめた。そして─────甘くなかったのは、コーヒーだけではなかった。捜査は、ここからが大変だったのだ。
「で、そのトラックはどうやって見つけるの?」
「……この作戦は失敗か?」
「……」
「しょうがない、ここは先人の知恵を借りるか」
「先人?」
「『探偵は足で稼げ』、だよフェリィくん」
外へと繰り出した三人は、手分けして手あたり次第に通りかかるトラックを調査した。だが、該当する車両が通る気配はない。そもそも、そのトラックがこの周辺に現れるという保証はなく、言うなれば砂漠の砂から1粒の宝石を探し当てるような途方もない話であった。
「こ、これじゃ埒が明かないぞ……」
焦ったかもめは、頼みの綱である手帳に全てを託すが、やはり会社名と番号以外の表記は見当たらなかった。
「すみません、私も何かお力になれればよいのですが……!」
「ああいや、こちらこそごめんなさい! 間違いないなんて大口叩いておいて、こんな体たらくで……」
「そんな事ありません、かもめさんは立派に頑張ってますよ!」
「カナリアさん……」
だが実際、ここまでフェリィとトウカに助けてもらっておいて、成果なしというのはあまりに情けない。かもめは必死に、自分にできる事はないか考えた。
と、その時だった。
――――パシャッ。
「あの、フェリィさん、さっきから何か聞こえませんか?」
「撮影されてるみたい。カナリアの恰好、目立つから」
「サツエイ……? あ、あの小さな板みたいなのですか! ひょっとして、あれもかもめさんの言っていたテレビですか!? ってことは、私もテレビの中の人みたいに、あの板に閉じ込められてしまうんでしょうか!」
「スマホに、そんな機能はないはずだけど」
(スマホ、か)
2人のやり取りを眺めながら、かもめは何気なく自分のスマホを取り出した。そして、トラックに書かれた会社『ヤマネコトマト』をネットの検索にかけてみる。
(あれ、引っかからない……?)
もう一度、今度は別の場所で。しかし、結果は同じ。そういえば、手帳に書かれた転生トラックの会社は、どれも聞いたことのないような名前ばかりだった。
(ひょっとして……転生トラックに書かれてる会社って、実在しない、架空の会社?)
だとしたら、転生が会社名とナンバーで管理されているのも納得がいった。多分、あのトラック達は偶発的に転生を起こすのではなく、転生の運命に選ばれた人間を転送する為の装置みたいな役割のものなのだ。それが、人間にはトラックに轢かれているように見える。
だが、だとしたら転生トラックの法則を知る人など、この地上には――――
「あ」
「なに?」
「一人だけいた、トラック転生に詳しい人」
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