第4話 地獄の始まり

 エレナ以外、銃を手にした事がある者は居なかった。

 エレナを見習って、銃のコッキングレバーを引いたが、それは少女達の力では相当に力の要る事であった。

 ガチャリと何とかレバーを引き終わり、装填されていた弾丸が飛び出す。

 「使って無い弾が出たよ」

 美砂がレオナに尋ねる。

 「それで良いのよ。ちゃんと弾が薬室に装填されたのが解ったから。安全装置はこのレバーをこの位置に回して、撃つ時はこっちに回していく。フルオートは危険だから、一つ、目盛りを動かすだけで良いわ」

 レオナはこの状況でも丁寧に銃の扱い方を教える。それは彼女が銃の扱い方を間違えると自分や仲間を傷付ける危険がある事を知っているからである。

 「構え方はこう。変な構え方をすると身体を痛めたり、暴発の危険があるから」

 レオナに言われて、慣れない手付きで全員が銃の扱い方を練習する。

 「さぁ、行こう。時間が無い。兎に角、日本の大使館まで移動しないと」

 5人は路地から路地へと進み始める。


 上海の事態は刻々と酷くなっていく。

 民衆の一部は武装をして、行政施設を襲撃していた。

 それに乗じて、暴徒が店舗などを襲撃したり、路上に駐車していた高級車などに放火をした。

 燃え上がる黒煙が市内各地で幾つも立つ。

 銃声が鳴り響き、悲鳴と怒号が重なる。

 武装警察は懸命に応戦するが、事態の急変に対応が出来ず、民衆の襲撃に大きな被害を出しながら後退を始めた。

 これは上海だけじゃなく、同様に民衆が声を上げていた北京など、大都市でも同時多発的に起こった。そして、中国政府が恐れていた事に支配地域としていたチベットやウイグル、内モンゴルなどでも武装蜂起が起こった。突然に駐留する軍に対して、攻撃が始まり、その苛烈さに撤退が相次いでいるのだ。

 専制的に手腕を振るっていた総書記は怒り狂った。当然ながら、このような事態が偶発的に同時に起こるわけがない。何者かによって、裏から手を引かれているはずだった。だが、それをどうこう言っている場合では無かった。すでに南シナ海ではフィリピンなどが領海を主張する為に人工的に作った島へと攻撃を始めたのだ。台湾も対岸の沿岸部分に対して、攻撃を始め、敵対する中国の軍事施設を片っ端からミサイル、航空攻撃を開始したのだ。

 現在、中国を中心に大混乱が起きていた。それは中国の経済が破綻した事に端を発する。誰も今の中国を助けようとは思わない。むしろ、全ての闇をそこに押し付ける為に多くの軍事力が投じられる。

 日本さえも邦人救出を理由に尖閣諸島の拠点強化とその周辺の中国籍の公船を全て、破壊した。在北京日本大使館や在上海日本領事館などは邦人救出に乗り出したが、武装勢力による騒乱の結果、無力となっていた。中国政府によって、全てのネット回線が封じられている為、安否確認すら出来ない有様なのである。現在において、大きな懸念材料は修学旅行中の日本の高校生達の安否であった。


 事態は最悪だった。

 エレナ達は自分達の場所さえ解らぬままに上海の路地を駆け抜けていた。

 ネットは相変わらず繋がらない。彼女達が日本大使館だと言う領事館の位置さえも解らない。目の前に現れる中国人に怯えながら、彼女達はとにかく駆け抜けた。

 3キロ近くを走って、ようやく足が止まる。

 全員が息を切らせていた。

 「こ、ここで休憩をしましょう」

 エレナは銃を構えながら、店に入った。そこには中国人のウェイトレスが怯えた様子で居た。その様子を見て、エレナは安全だと感じた。

 「中国語・・・ネットが繋がらないとスマホの翻訳が使えないわね。翻訳機を買えばよかった」

 エレナは口惜しそうに思いながら、店内を銃を構えながら入る。客は1人も居ない。店を閉める準備をしている最中だったのようだ。

 「あんた、日本語解る?」

 エレナは若い中国人女性にそう告げるが、まるで理解をしていないような表情に苛立つ。

 「まぁ・・・いいわ。これ、これを用意しなさい」

 エレナは厨房を覗き込み、お茶に銃口を向ける。何度か怒鳴ると、ようやく相手も意図が解ったのか、すぐにお茶が用意された。

 喉が渇き切った少女達はすぐにそれを飲み干す。中国茶の飲み方など知らない彼女達は適当に茶を注いでは飲み干すを繰り返し、ようやく落ち着く。

 徐に八重子が口を開く。

 「ず、ずっとこのままじゃいけないかな?外が落ち着くまで・・・」

 確かに、ここは安全のような気がした。中国人の店なので、暴徒が襲撃をする可能性も低い。電話回線なども止められているだろうから、通報される可能性も低い。

 だが、それはあくまでも可能性だ。

 電話がダメでも通報をする事は出来る。エレナは自身の行為を省みる。言葉が通じないとは言え、やっている事は犯罪者である。ましてや銃を手にしているとなれば、有無を言わさず、撃たれる。すなわち、戦闘になる。

 「ダメよ。とにかく・・・大使館に行く。ペンと紙を借りて来る」

 エレナは怯え切った店員にペンと紙を出せて、日本と大使館と書いて見せた。

 脅しのように何度もやり取りをすると、通じた様子で彼女は簡単な地図を紙に書いて、日本の領事館の場所を教えた。それを見たエレナは感謝を告げ、財布から、多めに代金を彼女に払った。


 上海における武装警察と民主化革命の暴徒との戦闘は過激さを増していた。

 完全武装した暴徒側は対戦車ロケット弾を武装警察の装甲車に撃ち込み、軽々と破壊した。機関銃が唸り、爆弾を満載した無人の小型電気自動車が武装警察のバリケードに突入して、爆発を起こす。

 火力で劣る武装警察は徹底抗戦をするが、次々と拠点を陥落されていった。上海の市外からも武装警察の部隊が集められ、鎮圧のために次々と市内に投じられる。大通りには武装警察と民衆の死体がゴロゴロと転がる事態となっていた。

 エレナ達は簡単な地図に従って、進む為に大通りに出た。あまりに凄惨な光景に美砂が吐き気を催す。血と硝煙だけじゃない。酷い臭いが漂っていた。

 「とにかく・・・敵・・・武装警察官も含めて、敵を見たら撃ち殺す。大使館に着くまで気を引き締めて・・・やらないと・・・殺されるよ」

 エレナは冷たくそう言い放った。彼女達は死体を眺めながら、頷く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る