諱隠遊 ーいみなかくれんぼー

旭山リサ

第1話 ✿ 祖母の二つ名

 私の祖母には、名前が二つある。

 祖母の本当の名前は「房枝ふさえ」という。だが祖母のイトコや親友は、祖母のことを「満枝みつえ」と呼ぶ。私たち孫は一同に、祖母のことを「おばあちゃん」と呼ぶが、大人たちは時と場に合わせ、祖母の二つの名前を使い分ける。幼い頃はとまどったものだ。例えば冠婚葬祭等では。


房枝ふさえさん」


 と名前が読み上げられる。


「おばあちゃんは、忍者なの?」


 就学前、不思議に思って訊ねたことがあった。

 祖母はきょとんとし、首をかしげた。


「どうしてそう思うの?」


 名前が二つあるから、と率直に疑問をぶつけた。テレビ番組で、敵のお城に侵入した忍者が別名を使っていた。祖母も忍者のような事情があって本当の名を隠しているのでは、と。


 私の推理を聞いた祖母は、くつくつと笑い出した。おかしくてたまらないといった様子だ。正体を見破られた忍者も怪しく笑っていたっけ。もしかすると祖母は悪者なのでは。エプロンのポケットに手裏剣や苦無、煙玉を忍ばせているかもしれない。


「名前が二つあるのはね、おまじないなのよ」


「おまじない?」


「そう。おばあちゃんにはね、お姉さんが二人、妹が一人いたのだけど、みんな亡くなってしまったから」


「おねえさんや、いもうとが?」


「うん。つらかったよ。私一人になってしまったからね」


 その話を聞いて、齢六歳にも満たない私の胸は悲しみで締め付けられた。私にも下に妹がいるからだ。「妹が死んでしまったら」と考えるだけで辛い。また私はことあるごとに「おねえちゃんが欲しい」とぼやいて両親を困らせた。もし欲しくてたまらない「おねえさん」が二人ともいなくなってしまったら。想像できないくらい「悲しいこと」だと幼いながらに理解した。


「両親が、この子だけは守らなきゃ、とね。神主さんが、名前を二つ持った方が良いっておっしゃったの。大きくなるまでは本当の名前『房枝』は隠しなさい、って。でないと、本当の名前に災いがふりかかるかもしれない、って」


「わざわい、って?」


「悪いこと、だよ」


「どうしておばあちゃんが災いに遭わなきゃいけないの?」


「分からないよ。でも、悲しいことがいっぱいあったからね」


 お姉さんが二人、妹が一人。

 おばあちゃんは三人も家族を失ったのだ。


「私も名前を二つ持った方がいい?」


「あんたは一つで大丈夫。でも、もし必要だと感じる時が来たら、二つ目の名を作りなさい」


「そっか・・・・・・もう一つ、今のうちに用意しよう。何がいいかな」


「好きな名前にしたらいいさ」


 私はいろいろ考えたが、しっくりこない。その場では決められなかった。


「おまじないって本当に効いた?」


 すると祖母は、にっこり微笑んで。


「効いたよ。長生きできて、孫の顔をこうして見られる」


 私の頭を撫でる祖母の手は皺がよっていて、とても温かかった。



 ✿つづく。全4話です✿

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