第三十七話 スーパー家政婦クロガネ・カイナの正体

「はぁ、はぁ……っ…………あ、れ…………?」


 バクバク、と鼓動する心臓。

 両手を拘束されて今から何かをされてしまう、と想像するだけで全身から汗が滝のように流れ出る。

 そんな恐怖で目を瞑っていたマオだったが、どれだけ待っても何をされるわけもなく静寂は続いた。


「……ま、まだ……なのか…………んん?」


 マオはゆっくりと片目を開く。

 眼前に迫ってあるカイナの顔。

 一瞬、驚いたがよく見ると表情がピクリとも動かず固まっている。


「や、やっぱり……カイナさんってロボ」

「そんなわけないでしょ?」


 真横からもう一人、カイナと同じ顔をした眼鏡の女性が話し掛ける。


「うっわぁぁぁぁ?!」

「こんな美人の顔を見てうわぁ! はないんじゃないのかなぁマオさん」

「えっ? えぇっ?! なんで……二人もカイナさんが、双子ぉ?」


 二人を交互に見比べてマオは困惑した。


「今、ロボットって言ったでしょ君」

「じゃあ……二人ともロボ?」

「私の方が人間。こっちはロボ。下がりなさい“クロガネ八式”」


 マオを拘束している方のカイナは、マオの手を離すと閉ざされている部屋の扉の前に立つ。

 手をかざすとピピ、という電子音と共に扉が開き、無言で出ていった。


「驚いた?」

「驚くに決まってるでしょ……一体どこなんですかここは?」

「フフ、ここはYUSAコーポーレーションという会社の、とある施設です」

「ユサ? そんなところに僕を?」

「それはですね。君の力を欲している人がいるんですよ。そのセレス病の力を……」


 そう言ってカイナは右腕のブレスレットを扉にかざして開かせる。


「少し歩こうか」


 ◆◇◆◇◆


 マオとミヤビにとってクロガネ・カイナという女性は、両親が不在の真宮家にとってなくてはならない存在だった。

 彼女がやって来て四年間、食事や掃除や洗濯を全てパーフェクトにこなすスーパー家政婦。

 おっとりとした雰囲気で優しく接してくれるカイナだが、彼女のプライベートや私生活、本当の素顔はどんな女性なのかは何一つ考えたことはなかった、と今さらながらにマオは思った。

 

「広いでしょ。ここでは新薬の開発や研究を行っているの」


 貰ったYシャツに着替えて施設の中を歩くマオとカイナ。

 マオが連れてこられたこの場所はYUSAコーポレーション日本支部の製薬研究所。

 廊下から時折、部屋の中を覗ける窓があり、そこの職員が何かをしている様子を伺えるがマオにはそれが何なのかは当然わからなかった。


「まぁでも医療事業はYUSAの一端に過ぎない。手広くやってるからねぇ」

「もしかしてセネス病、治してくれるんですか?」

「うーん、それは君の協力次第かな。マオさんは大事な被験者ですからね」


 引っ掛かる言い方をするカイナ。

 マオの中でカイナに対する疑心が強まった。


「はぐらかすんですか?」


 立ち止まるマオ。


「私は君をここに連れてこいと命令されただけだから」

「協力しなかったらどうなるんです? 実験体にでもするつもりなんですか?」

「……さぁ」

「さぁって、こんなところに連れ去っておいて何なんだよ!?」


 静かな廊下にマオの叫びが響く。

 するとカイナはマオの両肩を掴み、壁に押し付けた。


「……っ!?」

「…………」

「………………何か言ってくださいよ……」

「……」

 

 しばしの沈黙。

 レンズをキラリと光らせて、カイナはマオの顔をじっくり観察する。


「……セネス病はね、異性に対して強い反応を示すと言われている。だけど、それが相手に対して怒りや憎しみがあると……」


 マオのシャツを撫でるカイナ。

 さらりとした新品のさわり心地があった。


「反応が薄れる」

「そ、そうなんですか……?」

「アンドロイドの私に対してマオさんの身体はすぐに反応を示した。でも今、君に触れているのにセネス病の反応はさっきよりも軽微なんだ」

「つまりどうこと?」

「君は…………Hだね」


 カイナはニコりと笑った。

 言葉の意味が理解できなくてマオも困惑する。


「……はぁ?!」

「お姉さんちょっと傷つくなぁ。ロボットに興奮しているなんて」

「いや、わけがわかんないですよ!」

「簡単だよ。その人に好意があればセネス病は強く出てくるってことね」

「そんな好意って……それって人を好きになるってことでしょ? 僕に限ってそんなミツキ達を」

「違いますよ」


 すると、ずっと笑顔だったカイナの表情が変わる。

 とても冷たく、怒りとも取れる顔でマオのことを睨んだ。


「君が本当に好意を持っていたのは……右京明理でしょ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る