第二十六話 マオ、コスプレする

「……って、どうしてこうなるんだぁぁーっ!!」


 試着室の中でマオは絶叫した。


「真宮、着替えたか?」

「何なんだよ、これは?!」


 アユムはカーテンが開くと、そこにはメイド服に着替えさせられたマオの姿だった。


「お、似合ってるぜ」

「マオ素敵よ」

「うっ……うぅ」


 マオたちがやって来たのは真芯市駅から徒歩で十分。

 様々なアニメグッズショップや電気屋のビルが数多く立ち並んだ繁華街の中にお店を構える、コスプレ衣装専門店だ。

 最新の作品から旧作まで、幅広いアニメや漫画のキャラクターコスチュームに店のオリジナル衣裳や製作用の道具や生地も多数、取り揃えたコスプレイヤー御用達のショップだ。


「これのどこが勝負なんだよ?!」

「ファッション対決だ!」

「普通はこういうのって自分達が着るんだろ!?」


 鏡に写る自分のフリフリなスカート姿に、顔を赤らめモジモジしながらマオは言った。

 そんなマオをミツキとアユムはスマホで写真をバシャバシャと撮りまくる。


「アタシさ、家が土建屋で男所帯で育ったから子供の頃は可愛い服とかって着せてもらえなかったんだ。人形で着せ替え遊びとかもしたかったけど、貰うのは新幹線とか電車の玩具ばっかだった」

「わかる。ウチは車屋さんだからミニカーがばっかだった。姉は居たけど、兄の方が多いからさ」

「だろ?! 嫌だよなぁ、女心がわかってないんだよ」


 アユムの言葉にミツキは共感し手を取り合う。

 少し前までいがみ合っていたのが嘘のように意気投合してきた。


「ねぇマオ、次はこっち着てみて!」

「真宮、これ似合うんじゃないか?」

「下着は着けないぞ!!」


 ここぞとばかりに二人はマオを着替えさせる。

 チアガール、チャイナドレス、バニーガール、魔法使い……。

 取っ替え引っ替え、次々と変わる女性用コスチュームに、マオの精神は磨り減っていく。


「うー……て言うかこれ、誰が判定するんだよ?」

「そりゃ、もちろんアタシたち。どっちが真宮に可愛いコーデをさせた方が勝ちだ」

「あやふやだなぁ」

「それじゃSNSに上げるか? それでどれだけ“いいね”が多く付けられるかを決める」

「ネットに上げるのは無しっ!」


 二人のスマホを取り上げて、脱衣かごの中に放るマオ。


「聞いて、私は負けられないの。必ず勝ってマオを取り戻して見せる」


 ミツキは真剣な目でマオを見詰める。


「……ミツキ、お前」

「マオ…………じゃあ今度はこれに着替えて?」

「もういいよっ!!」


 マオは試着室を飛び出し、店の外へと駆け出していった。


「あ、マオ!?」

「逃げるな真宮ァ!」


 追いかけようとする二人だったが出口を店員に阻まれる。


「……すいませーん。お会計をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「「あっ」」



 ◇◆◇◆◇



 魔法使いコスプレのまま走り出すマオ。


「はぁ……はぁ……クソぅ、ミツキのヤツめぇ覚えてろよ」


 ここまで無意識に人目を避けながら来てしまったせいか、全く知らない路地裏に迷い混んでしまった。

 来たところを戻ろうと思ったが今の格好を見られたくない恥ずかしさから、どうにか裏の道を通って帰れるか試して歩く。


「……駄目だ。どんどん逆の方に行ってる気がする」


 こんなときに自分のスマホがあれば今いる位置を特定して帰れるのだろうが、所持品はコスプレ衣装を着替えるため店に置いたままだった。

 コンクリートの壁に囲まれて一人ぼっちのマオ。

 普段、人を避けて生活しているのに今はとても人が恋しい。

 そんな右往左往するマオの前に一人の少女が現れる。


「やぁ。また会ったね」


 気さくに挨拶するそのジャージ服のボーイッシュ少女。

 先日、神社で会ったトウカだった。


「君は……確か、この間の?」

「トウカだよ、真宮眞央くん。君は忘れてしまったんだね、何もかも……」


 深い溜め息を吐いてトウカはガッカリした顔を見せる。

 しかし、すぐにそんなことは忘れてマオの周り回りながらコスプレ衣装をまじまじと観察しだす。


「どうしたんだい、その服装は?」

「こ、これはそのっ……」

「可愛いね。とても似合っているよ」

「いやぁ、本当? それほどでも」


 褒められて照れるマオ。

 そんな顔を見てトウカは嬉しくなってマオの手を取る。


「…………昔と、何も変わんないね…………真宮くん」

「昔?」

「……ねぇ真宮くん」

「え、なに?」

「真宮くん……小学五年生の頃、ボクと君は」


 トウカが何かを言い終わるよりも先に、それは空の彼方から建物の隙間を縫って降り立つ。

 コンクリートの地面を割る衝撃音でトウカの台詞は最後までマオに届いていなかった。

 

「何だぁっ!? また、学校のヤツか?!」

『対象ヲ発見』


 既視感を感じる展開にマオは冷や汗をかいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る