三話名付け

千柳山には龍脈と呼ばれる霊力が溢れ出す穴が空いている。そのため、そこに永く居着いた生き物は妖に転じる。また、霊力を補給できる上に温泉が湧くとあって妖達にも人気の観光地だ。

そのため、妖の温泉宿が置かれており、大物妖怪なんかも訪れるし、陰陽省もかなり目を光らせている。

この温泉宿は大旦那で鬼の白夜叉しろやしゃと女将で妖狼の桜良さくらが夫婦で営んでいる。化け猫のすずや一つ目の芽々めめと言った妖の従業員が多くいて、みんな珠代達妖怪組合によって助けられた過去を持つ妖怪達ばかりである。

そして昨日この宿に新しい命を授かった。

目の前に現れた夫婦が抱いている赤子を見ると鬼と狼の娘で両方の特徴を継いでいるようだ。ふさふさの狼耳がぴこぴこしてる。

「珠姫様、この度新しい家族が増えました。私と桜良の宝に名付けして頂きたく」

「おめでとう白夜叉!うわぁ〜可愛い女の子じゃない!この子の名付け親になるのは嬉しいけど、ロウちゃんは良いの?」

赤子を抱く妖狼の桜良を見ると本当に幸せそうに微笑んで頷く

「もちろんですよ珠代ちゃん!私が旦那様に出会えたのは珠代ちゃんのお陰なんですから。それに、沢山の妖に慕われる珠姫さまならば、素敵なお名前をいただけるでしょ?」

冗談めかして言う桜良と珠代は古い友人で気のおかない仲だ。

「もう!ハードル上げすぎないでよ!この子の一生を左右する上に名前には魂が宿るとても大切なものなんだから。良い名前をつけてあげないとね。そうね………」


「この子の名前は『沙月さつき』伏せ名は『皐』

白夜叉の白と桜の木をとって皐よ」


「良き名を頂きました。ありがとうございます。」

「珠代ちゃん、ありがとう!この子を立派な若女将にして見せるよ。」

「めーいっぱい愛してあげなさい。その子が良き妖とるよう育てるのよ。」

珠姫であった頃の口調で彼女たちを激励する。

「御意!珠姫様の御心みこころしかとお受けしました」

「また遊びに来てね。珠代ちゃんならいつでも歓迎するわ」


「また来るね!」


温泉宿総出のお見送りを受け、珠代は宿を後にし、蕎麦屋『春日』に向かう。

商店街通りまで戻ってくると街の人や妖に声をかけられる。

「珠代ちゃんじゃないか!今日は鯖が安いよ!一匹どうだい?」

「珠姫様!この間は助かりました。これ持っていって下さい。」

珠代ちゃん!珠姫さま!出会う人みんなが声をかけてくれる。あといろんなものをくれたりする。ちょっと遅くなったが蕎麦屋『春日』についた。

「こんばんわ!三郎さん、ぶっかけとかき揚げとおいなりさんお願い!」

「あいよー!っと、来てくれたんだね珠姫様。えらく遅かったけど、まーたどっかの妖に求婚されてたの?荷物もたくさんだね」

「それはいつものことよ〜。それより新メニューが欲しいなんて何かあったの?」

「それなんだけどよ。今度の百鬼夜行で、うちの店から何か面白い料理を提供してくれって頼まれてしまって。商店街のみんなも協力してくれるって言ってくれたから受けちゃったんだけど、良いアイディアが浮かばなくて。珠姫様、みんなをびっくりさせる新作を一緒に作ってくださえ!」

「百鬼夜行に関連することならしょうがないわね。それで、私に頼むまでの試作品は何か作ったんでしょ?」

「ぶっかけ、かき揚げ、いなりお待ちどうさま!試作品は色々考えたんですがね、出来は良くないんですよ。」

「頂きます!うん!いつも通りここの蕎麦は美味しいわ!やっぱり春日の麺つゆは前面に押し出したいわね」

「先祖代々こだわりのつゆですからね」

「それで、具体的にはどんなのができたの?」

三郎は一度厨房に戻ってすぐにお盆に載せたいくつかの丼を持ってくる

「こちらです。右から極辛蕎麦、月見兎蕎麦、河童蕎麦、小豆蕎麦、ちゃんこ蕎麦です。」


どれも見た目が凄いわね。月見兎蕎麦は美味しそうね。極辛蕎麦は人が食べるものじゃなさそうだし、小豆蕎麦は甘くて美味しそう。

「それじゃ味見していきますか!あっ、極辛蕎麦はやめておくわ。」

「そうですね、極辛蕎麦には隠世かくりよのさらに下層にある地獄じごくの谷で取れる地獄唐辛子ですから、普通の人間が食べたら死にますね。珠姫様なら平気そうですけどね」

カラカラと三郎は笑う。

良い度胸してるじゃない、私のことどう思っているのか、あとでOHANASHIしないとね!

「三郎あとで裏口な。それと、隠世の食材を人間に出してないだろうね?」

「すいませんでした!裏口は勘弁して下さいください!人間に出してたなら今頃陰陽省に粛清されてますよ」

怯えきった三郎の言葉はもっともなので、目の前の試作品を食べますか。

「それもそうね。じゃあ頂きます!」

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