第366話 空を飛ぶこと

「え?」


 忠弥の提案にベルケは驚き、聞き返した。


「良いのですか?」


 初風は連合軍の最新鋭機である。

 軍事機密を降伏したとはいえ、旧敵国の軍人に易々と預けて、しかも操縦させて良いのだろうか。


「互いの機体に乗って善し悪しを判断するのは航空技術者にとって必要だ」

「軍人としてはどうかと」

「相手の技術を知るのも軍人には必要だと思うが。特に最新の情報を得るには」

「……そうですね。でもそれだけではないでしょう」

「勿論だ。単純に僕がプラッツDr1に乗りたいからだ」


 忠弥の本音を聞いてベルケは破顔した。

 やはり自分と同じ飛行機好きだと言うことを改めて認識した


「……良いでしょう。早速飛びましょう!」


 ベルケも乗り気になり、二人は機体を交換して早速離陸した。


「操りやすいな」


 初風に乗ったベルケは驚いた。

 操縦桿を握っているが、安定している。少し、手を放しても真っ直ぐ進んでくれる。

 むしろ少し手を緩めた方が安定する。

 常に操縦桿で細かい制御が必要なプラッツDr1とは違う。

 まるでハンドルの軽い自転車のようなプラッツDr1は、パイロットが常に修正を行わないと横転してしまう事が多い。

 対して初風は安定していて乗りやすい。

 それでいて、反応も良い。

 勿論、プラッツDr1ほどではないが、他の航空機に比べれば、存分に動いてくれるので、戦闘機としては申し分なかった。

 だから周囲の状況確認も、余裕で行える。


「来たな」


 やがて忠弥の乗るプラッツDr1がやってきた。

 定石通り、ベルケは上昇して高度の優位をとる。

 そして上昇しようとする忠弥に向かってベルケは降下して襲撃する。

 だが、やはり忠弥はプラッツDr1を誰よりも小さい旋回で初風の真後ろに付いてベルケを捕らえた。

 急降下で逃げようとしたが、その前に忠弥がベルケを上回る機動でベルケの初風の後ろへ遷移。

 真後ろを取り、ベルケは撃墜された。


「やはり、忠弥さんには敵わないな」


 地上に降りたベルケは言った。


「ですが戦争中も格闘戦を行っていたほうが良かったのでは?」


 機体の旋回性能を極限まで引き出せる忠弥には格闘戦が向いていた。

 一撃離脱も勿論、優れているが、ベルケ以上に格闘戦の能力があり向いていた。


「個人的には格闘戦の方が好きだよ」


 忠弥は、認めつつも困ったように頭を傾けて理由を言う。


「でも他のパイロットが出来ないよ」


 ベルケは納得した。

 あれほど見事な旋回を行えるのは忠弥以外にいない

 だが他のパイロットに出来るかどうか、と問われると無理だ。


「それにプラッツDr1をはじめ、格闘戦が得意な機体は操縦が難しすぎる。常に操縦桿を握っているなんて疲れるだけだよ」

「機動性の為には安定性を犠牲にしましたからね。慣れれば平気ですが、慣れると初風だと物足りないですね。確かに扱いやすいですが」

「なるべく多くの戦場に機体を送れるよう、誰でも使えるように安定性を優先した。機動力、旋回性能が落ちるから、スピードで勝てる一撃離脱戦術にしたんだ」


 数百機もの機体を導入したら、どうしても技量に差が出てしまう。

 優秀なパイロットも多いが、未熟なパイロットも多い、いやむしろ比較的弱いパイロットの方が多い。

 だから彼らが勝てる戦法と機体を提供するのが忠弥の役割だった。

 当人が、格闘戦を得意としていても万人が扱える機体でなければ大量投入は無理だ。


「空を飛ぶには優れた資質が必要ですよ」


 ベルケは言った。

 空を飛ぶには飛行センスが必要だ。

 無事に離着陸をこなせる技術、機体の傾きを直したり修正出来る能力、地上の地形から現在位置を把握し、飛行場や滑走路まで行ける航法能力、残燃料から残りの航続時間を把握する能力、雲の様子から天候を予測し飛行機が受ける影響を考える能力。

 様々な能力が必要であり、とても一般人が出来るものではない。


「分かっているよ。でも、僕は多くの人に空を飛んで貰いたい。出来れば、普通の人が空を飛びたいと思ったとき、飛べるようにしたい。勿論ベルケの言う能力は必要だ。だけど、それらの能力や資質を代わりに行える機材やシステムを作れば、誰でも飛べる。僕はそういうものを作りたいんだ」


 忠弥の話しにベルケは圧倒された。


 敵わないな


 ようやく空を飛べるようになったばかりの飛行機の未来をそこまで考えていることにベルケは改めて忠弥の偉大さに敬意を持った。


「おい負け犬の帝国軍が居るぜ」


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