第334話 皇国本土空爆

 一日に三〇機以上の航空機を生産するこの工場では常に飛行機の試運転が行われている。

 だが、響いて来た音はこの工場で生産されている飛行機のものではなかった。

 寧音は外に出て上空を見た。


「ハイデルベルク帝国軍!」


 丁度アルバトロス戦闘機が工場に向かって降下していた。


「この工場を破壊する気」


 驚いていた寧音だが、すぐに冷静さを取り戻した。

 皇国最大の飛行機生産工場であり、アルバトロス戦闘機の小さな爆弾搭載量では破壊尽くせるものではない。

 広すぎるため被害は比較的小さく済んでしまう、

 だが、アルバトロス戦闘機が向かっている方向を見て、戦慄した。


「拙い! 変電所を狙っている!」


 最新鋭の工場のため機械の殆どは電気で動かしている。

 その電気を供給するのは遠くにある発電所だ。

 近くに作らなかったのは試験飛行中の飛行機が発電所に墜落して電力供給が断たれるのを防ぐ為だった。

 その電力を受け入れる変電所をアルバトロス戦闘機六機は狙った。

 狙いを定めたアルバトロス戦闘機は爆弾を投下。

 変電設備に命中し、破壊した。

 爆音が響き渡り、背後の事務室と工場の照明が消えた。

 アルバトロス戦闘機は、爆弾を落とし終えると西の空に向かって逃げ去っていった。


「やられたわね」


 工場のアキレス腱を突かれてしまった。


「被害は?」

「工場自体は無事です。証明などには自家発電装置があり、稼働中です。しかし変電設備の復旧に時間がかかり生産に遅れが生じます」


 高圧電気を低圧に変換出来る設備は少ない。

 破壊された施設を交換するには時間がかかる。

 その間、航空機の生産は出来ないのは確かに痛手だった。


「いえ、問題はそんなことじゃないわ」

「しかし生産が出来ませんが」

「他の工場があります。ある程度は問題ないです」


 航空機の生産工場は一つではなく、他にも数カ所あり万が一、地震などで操業不能となった場合に備えて分散していた。

 最大の工場のため生産数に影響はあるが他の工場で代替は出来る。


「問題なのは皇国が初めて攻撃を受けたことです」


 これまで攻撃を受けたのは商船を除けば皇国に被害はなかった。

 空襲被害などは王国の報道などから知っているが、遠い国の出来事だと思っていた。

 しかし、今回の空襲で、皇国さえも帝国の手が届くことを証明してしまった。


「皇国本土の防空を強化するように皇国の人々は言ってくるわ」

「なら航空機の増産を多くしませんと」

「ええ、そうなるでしょう。ですが、今すぐ強化するには既存の部隊を貼り付ける気でしょう」

「既存の部隊?」

「旧大陸へ派遣される予定の部隊です」


 西部戦線で行われる決戦に備えて皇国も軍を派遣しており、空軍も例外ではない。

 そして空軍の多くは旧大陸の王国や西部戦線へ部隊の大半を送り込んでいる。

 皇国が主戦場から離れているため防空のための部隊が不要だったこともあり、出来る事だった。

 しかし襲撃された今後は、防空のため派遣が取りやめられる可能性が高い。


「下手をすれば大陸に派遣されている部隊さえ引き返す事になります」

「それは」

「ええ、決戦を前にした主戦線の兵力の引き抜き。負けてしまうわ」


 本来なら悪手だが、生活水準が上がり、参政権を持った中産階級が自分たちを守れと国会で政府を突き上げてくる。

 特に中産階級を取り込んで躍進してきた島津は彼らの声を無視することは出来ない。

 中産階級が動揺しないよう手を打つ必要があった。


「工場の被害は最小限に済んだと新聞で伝えなさい」


 寧音は命じた。

 できる限り被害が少なかった、と伝えることで本土防空に割かれる部隊を最小限に減らし、大陸へ送る部隊を確保しようとした。

 防空のための部隊は必要だが、過剰に配置して主戦場へ配備される戦力を削いだりすれば決戦の時、機数が足りなくなり、忠弥の脚を引っ張ってしまう。

 何としても影響を最小限に抑えようとした。

 だが遅かった。


「ラジオ放送が空襲を伝えています!」


 非常電源で動かしていたラジオが空襲を速報で伝えていた。


「どうして早すぎる」

「皇都でも爆撃が行われたそうです」


 事務室に戻るとラジオのスピーカーから帝国の飛行船から発進したアルバトロス戦闘機六機が、やってきて政府の主要施設前に爆弾を落としていった、とアナウンサーが興奮気味に話していた。


「やられたわね」

「どういうことでしょうか」

「航空機の生産を乱す。同時に、皇国の中枢へ攻撃を行ったという事実を作り出す。結果、我々は空軍は対応しなければならない。皇都へ攻撃を阻止するための手段を構築する必要が出てくる。前線から兵力を引き抜いても」

「そ、それは」

「そう、決戦を前にして悪手でしかない。けど、神聖不可侵な皇都を攻撃された、それも航空機で攻撃された。空軍の管轄である空から。責任を追及してくるでしょうね」

「し、しかしそれは」

「言い訳にもならないわ。空を統べるのは空軍。それなのに皇都空襲という建国史上始まって以来の不祥事を起こしたのだから。議会で追及されるでしょう。特に島津の台頭が面白くない野党は」


 議会だけではない。

 建軍されたばかりなのに権限と規模を拡大しているのが面白くない陸海軍はこぞって空軍から部隊と権限を奪おうとするだろう。

 下手をすれば、有名無実化されることになりかねない。


「手痛い打撃ね。王国や共和国なら首都を攻撃されてばかりだから慣れているけど」


 今まで攻撃されたことのない皇国には大きな打撃だった。

 王国の防空戦についての報告、特に国民の混乱について知っているだけに皇国での影響に寧音は危機感を募らせた。


「初めての分、衝撃も大きいか」


 そこで寧音は気がついた。

 他にも首都を攻撃されたことのない有力な国があった。


「メイフラワー合衆国に警戒を」

「もう遅いようです。ラジオがメイフラワー合衆国にも空襲があったことを伝えています」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る