第145話 夜間迎撃の苦労
日が沈む西の空に向かって飛行船が飛んでいった。
三隻の飛行船が飛び立ったが、いずれも編隊を組まず、一隻ずつ高度を上げて飛んでいく。
飛んでいく飛行船をベルケは地上要員と共に見送った。
無謀な作戦だと思っていたが命令を下されただけの飛行船の乗員達の無事を祈って止まない。
勿論、成功して欲しいが見込みは低い。
例え成功しても誇れるようなものではないが、無事に帰ってきて欲しい。
「不満そうだな」
皇太子はベルケに言った。
「効果的とは思えません」
「しかし、王国本土への攻撃、王都へ攻撃できるのは飛行船による夜間爆撃しかない」
九隻の飛行船による王国本土爆撃作戦は三隻の飛行船、三割の損害を出したことから失敗と判断された。
王国側防空部隊、皇国空軍の戦闘機隊が新兵器を投入し効果を示したこともあり、これ以上の爆撃は損害が大きく効果が無いとされ中断された。
敗因の検証が行われ、王国軍の哨戒網に引っかかっり、待ち伏せされたという結論が出された。
哨戒網を破壊しようという話があったが多数の漁船を破壊するのはすぐに出来ない。
艦隊を出したとしても海上では王国海軍が優勢であり帝国の貴重な軍艦を失ってしまう結果になりかねない。王国哨戒網の破壊は断念された。
苦肉の策として、見つかりにくい夜間、単独の侵入が計画された。
一隻ごとに多方面から夜間に侵入すれば見つかりにくい。高度を取れば地上や海面からは見えにくい。
それに夜間ならば皇国空軍の主力である戦闘機は単座であり、夜間飛行はほぼ不可能。
パイロット一人で現在位置を把握するのは難しいからだ。
故に迎撃は少ないだろうという理由もあった。
実際に計画者の目論見は当たり、王都への夜間爆撃に成功した。
飛行船の航法担当者のミスと天候悪化による視界不良により、侵入し爆撃に成功したのは一隻のみだったが、他の二隻も王都近郊の都市や沿岸の港町に爆弾を落としていた。
この成果を受けて夜間爆撃が毎晩のように行われていた。
先日は二隻が未帰還となり一隻は途中で被弾しやっとのことで逃げ帰った。
だが、本土爆撃に成功したのは事実であり、王国に負担を強いるため、夜間爆撃は続行された。
「ですが、民間人への被害が」
「戦場で我らを倒す武器を作っている。もはや民間人という言葉はない」
総力戦となり、国のあらゆる力が戦争に駆り立てられている。
皇太子の言うように最早、後方や民間人という言葉はない、と帝国は解釈していた。
だがそれは帝国も同じだった。
連合軍が帝国の都市に爆撃を始めたとき、抵抗できるのだろうか。
「それに敵の戦闘機を王国本土に貼り付けておく事も出来る。少なくとも互角に戦えているのだろう」
「はい」
渋々、ベルケは皇太子の指摘した事実を認めた。
忠弥が引き抜いた一個航空団三個飛行隊、総計一五〇機にも及ぶ防空部隊が王国本土にいる事で前線に送られる飛行機の数は確実に減っていた。
もしこの数の飛行機が前線に投入されていたら、前線の空は連合軍の物になっていた。
王国に至っては、何時までも皇国に貸しを作るわけには行かない、王国の空は自分たちで守ろう、という気運が高まり、同規模の防空専門の航空団を作り、更に増設しようとしていた。
そのため前線に送られる戦闘機の数が少なくなり、帝国が優勢を確保している戦場さえあった。
戦闘機隊の指揮官としては嬉しい話だが、飛行船による物と考えると素直になれない。
断崖絶壁に向かって舗装された道を走っているような感触がベルケにつきまとって鳴らないからだ。
「それ以前に、夜間爆撃も何時までも成功しないでしょう」
「敵が対策を立てると」
「相手は二宮忠弥大佐です。航空に関してこの世界で彼を上回る人間はいません。何らかの対策を立ててくるでしょう」
「あー、疲れた」
夜間迎撃から帰ってきた昴が指揮所の椅子に座り込んだ。
一隻撃破していたが、撃墜できなかったのが不満だった。それ以上に疲れていたので愚痴すら言えない。
椅子に深く腰掛け、両脚を開いて投げ出して目を閉じている。
女性としては、はしたない姿だ。
だが、誰も咎めようとはしない。
夜間迎撃は飛び立つだけでも非常に疲れるからだ。
昼間でも油断できないが夜間だと、暗いため現在位置を掴みづらい。
地上の各地に夜間標識――キャンプファイヤーをいくつも並べてその位置と方向で現在位置と方角を判断できるようにしているが、雲や霧があると見えない。
そうした努力をしても夜間に高度や位置を誤り墜落する。
敵を見つけようというのは無理に近い。
地上から探照灯の支援があるが、上手く捉えられる保証はない。
運良く敵飛行船を見つけても攻撃は難しい。
夜間だと飛行船までの距離がつかめないし、攻撃した後、引き上げが遅れて地上に激突することもある。
着陸も大変だ。
滑走路に電灯が埋め込まれているが、高度を見誤り脚を折る飛行機が続出している。
そうした事が起こるかもしれないという緊張感もあって、夜間飛行はパイロット達を疲弊させる。
昴はまだ元気な方で、一晩出撃したら四八時間使い物にならないパイロットもいる。
しかも各地から侵入したという報告――大半は誤報なのだが、確認のために出撃しなければならず空振りが続き、パイロット達は疲弊していた。
「何とか打開策を打ち立てる必要がありますね」
そもそも守備というのは星辰を消耗させる。待ち伏せというのは有利だが、敵がやってきてくれて初めて効果が出る。
敵がいない時も来た時のために待ち続けなければならない。
いつ来るか分からない敵を前に待機するのは大変だ。
敵が来るのを察知し警報を出すための防空監視組織も維持する必要があるが維持費だけでも莫大だし、大勢の人員が必要だ。
本来なら、武器生産に回せるはずの人員が来るかどうか分からない飛行船に備えて貼り付けることになるのは、総力戦の中では損失に等しかった。
「一応考えているよ。飛行船が本土にやってこれないようにするための方法が」
サイクスの言葉に忠弥は応えた。
「さすがです。何を行うんです?」
「飛行船が飛んでくるなら、飛び立つ基地を破壊すれば良い。敵飛行船基地を爆撃して使用不能にしてやる」
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